ひやりとした汗が背中を伝った。
寝起き特有のぼんやりとした表情でオレを見て、エンヴィーが微かに首を傾げる。
それを見て取り繕うようにへらりと笑い、こんばんは、なんて
いまの静寂には不釣合いな挨拶をした。
悪い間違えた、と枕を後ろに回して背中で隠しながら言い、横歩きで壁を伝って扉に近寄る。
カニ歩きリレー、なんてものがあるのならオレは間違いなく優勝できると思った。
しかしエンヴィーの視線は、オレの背中からはみ出している枕に向けられている。
「なに、また夜這い?」とエンヴィーがけらけらと笑った。
し、しね、と顔に血液が一斉に送られたせいで息を詰めながら言い、
隠していた枕で頭をボンと殴る。
もう隠していたってバレているんだからしょうがない。
「待、ちょっと待って」
笑いを堪えているせいで肩が震え、それに連動して
同じように震えている右手でオレの腕を掴んだ。
なんだよ、と睨みながら振り返る。
まだ肩も腕も震えていた。
笑い過ぎだ。
「嘘だって。いいよ、一緒に寝ても」
「…別に寂しいとかじゃないぞ。ただ人肌恋しいというか、」
「うん、なんとなく分かる」
なんとなくってなんだ、まだ最後まで言ってない、とむくれながら
ベッドへと向かうエンヴィーの後ろを仕方なく歩いた。
「どうぞ」
言いながら空いている半分のスペースをぽんぽんと手で叩く。
オレは子どもじゃない、とまたむくれて、それでも遠慮なくベッドに登った。
ここでいつもみたいに変な意地を張って、じゃあひとりで寝てください、なんて言われたら困るからだ。
換えたばかりの枕カバーが嫌味なほど乙女チックなピンク色で、オレの不満に拍車が掛かる。
それをエンヴィーの枕の横に並べて置いて、ごろりと寝転がった。
ぱちん、と小さな音を合図に部屋が暗くなる。
それでもサイドテーブルの上のランプが薄っすらと明かりを点けているから
お互いの顔がオレンジ色に染まってぼんやりと見える。
少しの間、どこか気まずくて無言のままじっとシーツを握り締めていた。
それからどちらからともなく目を瞑ったり、寝返りを打ったり。
最終的に、気が付いたらオレは仰向けになって、エンヴィーはこちらに背を向けていた。
ランプの明かりで天井も薄っすらと、ほんの少しだけ見える。
窓を見れば、カーテンの隙間から真っ黒に塗り潰したような闇が見えた。
なにかの隙間から見える暗闇、というのが昔から苦手で、
いつも不意に白い顔が浮かんでくるんじゃないかと気が気でならなかった。
そう思ったらリアルに想像してしまって、ぞわ、と走る寒気と同時に
エンヴィーの方へ身体を向けて、目の前の背中に額を当てた。
もうこれは反射的な行動だと思う。
「…エドって意外と寂しがり」
眠そうな声が聞こえて、顔を少しだけこちらに向ける気配がした。
うるさい、と呟いたけれど声が小さいし威勢もない。
「まぁ、なんとなく気付いてたけど」
いいながらエンヴィーが欠伸をして、ごろりと寝返りを打った。
「お前だって、怖いものくらいあるだろ」
「うん、あるよ。にんじんとか」
「…なんだよそれ」
オレも牛乳は怖いから、なんとなく気持ちは分かるけど。
エンヴィーが180度身体の向きを変えたから、結局また向き合うことになった。
不意にオレンジが重なった黒い髪が見えて、あ、透けたらちょっと紫っぽいんだ、と
小さな発見に少し関心しながら、しばらくそれを見つめて瞬く。
そんなことを思っていると、不意にエンヴィーも手を伸ばしてオレの髪を軽く掴んだ。
光ってる、眩しい、と単語だけで呟いたエンヴィーに、そうなんだ、と頷く。
自分じゃ分からないけれど、傍から見たら眩しいらしい。
それってあまり良くないんじゃないだろうか。
エンヴィーが掴んでいた髪を手放して、ぱたり、とシーツの上に腕を落とす。
襲ってくる睡魔に抵抗するのはもう限界のようだった。
どんどん閉じられる瞼に、オレより先に寝るな、と慌てて肩を揺さぶる。
起きているのが自分だけだと、さっきみたいに怖いことばかり想像してしまう。
寝るな、寝たら死ぬぞ、とばしばし頬を叩いていると
その手を掴まれて、ぐい、と引き込まれた。
うわ、と間抜けな声が上がる。
「…眠たいんだから寝させてよ」
顔をしかめたエンヴィーの腕の中にすっぽりと入り込んだせいで、
せっかく持ってきた枕はただオレの頭上辺りに鎮座する置物になってしまった。
つまり、これは所謂、腕枕というものだろうか。
オレの頭の下にエンヴィーの腕があって、痺れるんじゃないかと一瞬疑問に思って見上げてみる。
既にしっかり瞼は閉じられていて、すう、と寝息が聞こえてきそうだった。
先に寝られたら困るけれど、こうやって密着しているなら、平気かもしれない。
オレは少し思案して、ランプの明かりを消してからエンヴィーの胸板に額を当てる。
Tシャツ越しの体温に安堵して目を瞑ると、頭上から寝息が聞こえてきて、
自分でも分からないうちに顔を綻ばせていた。
ぱっ、と一瞬目の前に広がったものがあまりに不意打ちで、
もう少し反応が遅ければ大変なことになっていたと思う。
白濁としている生暖かい液体が卓上に散乱した。
うわ汚ねぇ、と思いっきり顔をしかめてそれを見下ろす。
「…ひとつのベッドに、ふたりで寝るのかね」
「う、うん」
そりゃあ、急にオレがエンヴィーとふたりで寝たことを話したのは悪かった。
でも聞いてきたのはそっちだろ、と牛乳を噴出した張本人であるロイを睨んで、
咄嗟に持ち上げた弁当を膝の上に下ろす。
もちろんオレは早起きも料理も得意じゃないから、
誰が作った弁当かは言わずもがな、だろう。
隣に座っていたハボックは、牛丼に降り掛かった
白濁の液体を無言で見下ろしていた。
ご愁傷様、だ。
「…あんまり無防備だと痛い目に遭うぞ」
「なんだよ、あいつが何をするっていうんだ?」
「甘いな。その稚拙な思考が災難を呼ぶ」
男は狼というではないか、というロイにオレとハボックは目を合わせて、
ちょっとそれ古くない?とげらげら笑い始めた。
オレの頭に流れているあの歌は、ハボックの脳内にも同じように流れているだろう。
「でもほら、稚拙美という言葉もありますよ」
「ふん、その純粋さを誑し込んで卑劣な行為を躊躇いも無く行うのが男というものだ」
真剣な表情も厳しい口調も、口角から垂れる一滴の牛乳のせいで迫力さは皆無だ。
ハボックが笑いを堪えながら、テーブルの隅に備えてあるティッシュをロイに手渡す。
牛乳ぶっかけ牛丼はもう諦めたのか、まだ少ししか減っていないのにテーブルの隅に置かれていた。
「でも、今日まで手を出してないのは尊敬できますよね」
「それかエドを何とも思っていないか、だろうな」
「…え」
そうなの?と齧り掛けの卵焼きをぽとりと弁当箱に落とした。
「まぁ兄弟とかトモダチとか、そのくらいに思ってるんでしょうけど」
「少なくとも君に恋愛感情を抱くことはない、かもしれんな」
「いや、もっと言えば愛玩動物、とか」
云々。
な、なんか好き放題に言いやがって。
ぐさり、とふたりの言葉が突き刺さって、喉の奥になにかが詰まったみたいに息苦しくて、
口の中にある卵焼きを飲み込むのに時間がかかった。
やっぱ、そうなのか。
弟程度にしか見られてないんだ。
「で、でも大将に魅了が無いという訳じゃないんですよ?」
「彼の見る目が無いということだな」
そんなのフォローになってない、と苦笑して弁当箱を膝の上に置いた。
しん、と沈黙が流れて、あれ、とハボックがひとりうろたえる。
「…ごちそうさま」
ごめん、残しちまった、とひっそり心の中で呟いて、
かた、と小さく音を立てて椅子から立ち上がる。
これには流石にロイもオレを見上げた。
ぱたぱた、と逃げるように食堂を出て、不思議そうに顔を見合わせるふたりは見ないふりをした。
そのままマイルームに逃げ込んで鍵を閉める。
とん、と扉に背中を当てて、ずるずるとそこに座り込み、足を抱えて顔を埋めた。
分かってはいたけれど、エンヴィーがオレのことを何とも思っていないと
再確認する度に何故か辛かった。
だって時間はどんどん経っているのに、なにも変わってない。
いつまでもエンヴィーがオレの家にいて、おかえり、と
笑ってくれるんだろうなんて未だに錯覚し続けている。
ぼんやり目を開けると、青い軍服に何ヶ所かシミができていた。
なんだろこれ、とぼんやりそれを指でなぞる。
あいつちゃんと洗ったのかよ、と呟き、瞬きをするとまたひとつシミが増えた。
それが涙だと気付くのに時間が掛かって、なさけない、と目を細めてまた額を腕に押し付けた。
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兄さんメイントップに戻ろう!ここは危ないよ!
誤脱があったらごめんにゃん☆(土下座しようか)
まじで見つけたら笑って見逃してください。
それと、ネタ帳によるとあと4話で終わり、の予定。
(ネタって言ってるぞこいつ)