風呂場の方から微かにシャワーの音が聞こえて、
朝のチャンネルのままだったテレビではふたりの相撲がぶつかり合っている。
ぼんやりそれを眺めながら、お湯を沸かしているウィンリィの後姿を見つめた。

何の用事で来たのか気になるけど、こうして会うのも2年ぶりで
なんとなく気まずいというか、どうやって話しかけたらいいか分からない。
素直に言えば、照れ臭い。


「ココア飲む?あたしの家じゃないけど」
「え、あ、うん」


不意に顔を覗かせたウィンリィにはっとして、適当に頷いた。
シャワーの音が止んだ後、風呂場の扉が開いた気配がする。
一応お客さんというか女の人がいるんだから少しくらい配慮したらどうかね。
なんて呟きながらとくに意味もなく相撲の試合を眺めた。


相変わらずお互い無言のままウィンリィはココアを3人分用意して、
オレはどうやって話し掛けたらいいのか思案している。
普段異性との関わりが悲しいことに少なく、久しぶりに会うということもあってかなり緊張していた。

ちらりと金髪を盗み見て、伸ばしてるのかな、と甘い香りを漂わせるココアと交互に見る。
今日買ったばかりのお揃いのマグカップがさっそく使われていた。
黒猫の方の、つまりエンヴィーのマグカップにウィンリィが砂糖を入れる。
甘い物が好きだと知っていたのだろうか。


「…なんでお前来たんだよ?」
「アルから聞いたのよ、あんたが使用人雇ったって」


あぁなるほど、と頷いて言葉を捜している間に少し間が開いてしまった。
き、気まずい。


「アルが美形だって言うくらいだからどんな人かなって気になって」
「お前何しに来たんだよほんと…」


半ば呆れて息を吐き、新聞を広げてテレビ欄を見た。
マグカップを3つ乗せたトレイをテーブルに置いて、ウィンリィが椅子に座る。
白猫のマグカップを取って、ココアを冷ましてから一口飲んだ。
猫舌というわけじゃないけど、舌を火傷するのは不快感があって苦手だ。

そうしている間にタオルで髪の毛を拭きながらエンヴィーが戻ってくる。
Tシャツと短パンという就寝時と同じ格好で、寛ぐ気は満々のようだった。
オレはもう濡れた服から着替えているし、飲み物で温まりそうだからシャワーは浴びない。


「エンヴィーくんだっけ?ココアどうぞ」
「あ、ありがと」


ウィンリィもエンヴィーも人懐こい性格のためか、人見知りもせず会話をしていた。
土俵の外へ押し出された相撲に、お疲れ様、と密かに呟きながらチャンネルを変える。
タオルを肩にかけて隣に座り、マグカップを手に取ったエンヴィーをちらりと見る。
ウィンリィの目的がエンヴィーを見ることだというなら、
今日は一体どうするつもりだろうか。

昔からだけど、ウィンリィは「絶世の美男子」と謳われる男に目が無い。
面食いとかそういうものじゃなくて、自分が満足するまで好き勝手に遣らかすのだ。
抱き着くのはもちろん、強制的に握手をしたりとか、髪を触ったりとか。
もう止めてあげなよ、と周囲の人が止めに入るまでは只管抱き付いて離れない。
とりあえずエンヴィーに変なことをしないようにオレが見張っておかなければ。


「今日はあたしがご飯作るから。勝手にお邪魔させてもらったし」
「あれ、お前料理できたっけ?」
「失礼ね、ちゃんと料理くらいはしてるもん」


むくれたウィンリィに苦笑して、まぁ今日くらいはいいか、とテレビに視線を戻した。
エンヴィーに至っては家事をしてもらう側に回ったことがないせいか、
心配そうにウィンリィの方を何度か見ている。
たまにはお前もゆっくりしたら?と適当に宥めてココアを飲んだ。


しばらくウィンリィの行動を眺めて、変なことをしていないか念入りにチェックしておいたけど。
結局は完成したアジの南蛮漬けとその他の料理を持ってくるだけで、とくに変わったところはない。
数十分前からエンヴィーはテーブルに伏せてテレビを見ている。


「ねぇ、家事使用人ってどんな感じ?」
「どんなって…便利」
「そうじゃなくて、エンヴィーがどうかって話よ」
「なんだそれ」


明らかに「好きなんでしょ?」と聞いているかのような口調にどきりとして、
平静を装いながら空っぽになっているマグカップを握り締めた。
直球に弱いから、内心はすごく焦っている。


「ふたりで暮らすんだったらちょっとくらい揺らぐじゃない」
「なにが揺らぐんだよ…それに一ヶ月だけだし」
「え、なんで!?勿体無い!」


そりゃあ、今となっては一ヶ月で出て行け、なんて後悔している発言だ。
なんでって、と言葉を濁らせている間に、ウィンリィがにやりと笑う。


「あ、分かった。また変な意地張ってるんでしょー」
「張ってるわけねぇだろ!一人暮らしの方が気が楽だし、」
「大丈夫、今エンヴィー寝てるから言いなさいよ」


寝てるからってそんな問題じゃ、あれ、ていうかこいつ寝てるの?
見てみればやっぱりテレビの方に顔を向けて、テーブルに伏せていた。
伏せたままの体勢でテレビを見ていると思ったけど、と覗き込めばしっかり目は閉じている。
寝ている。完全に。


「…珍しいな、こいつがこんなところで寝るなんて」
「うん、だって睡眠薬飲ませたから」
「はぁ!?いつだよ!」
「実はココアに入れてたのよねー」


気付かなかったでしょ、というしてやったりな表情に呆れて言葉も出なかった。
ここぞとばかりに黒髪を触って、オレに先程の返答を求めてくる。
よく考えれば砂糖らしきものを入れていたのはたしかに見たが、
あんなに堂々と犯行を犯していれば気付かないものだ。


「で?どうなのよ」
「どうなのって、別になんとも…」
「ふーん?じゃあ一ヶ月経ったらあたしの使用人になって貰おうかなー」


あたしの、使用人。
嬉しそうな笑顔とその科白に思わず立ち上がって、がたん、と椅子が後ろに倒れた。


「え、エンヴィーはオレのだ!」


咄嗟にそんな言葉が出るのと、エンヴィーが目を擦りながらむくりと起き上がったのは同時で、
しんと静まり返った部屋と髪を触られていることに首を傾げていた。



















トリアゾラム。
超短時間作用型の睡眠薬だ。
副作用は眩暈、ふらつき、だとか。

夕食後もぼんやりとしたまま危ない足取りのエンヴィーをなんとか寝室に押し込み、
にやにやと笑っているウィンリィを睨み付ける。
一発くらいなら殴ってもいいだろうか。


「残念ねー、いまの告白聞こえてなくて」
「聞こえなくていい!あれは、その、ただの寝言だ!」
「もう、だからあんたは意地っ張りだっていうのよ!」


一ヶ月経ったらどうするつもり?
エンヴィーの連絡先知らないまま別れたら一生会えないかもしれないのよ?
なんて早口で言い終わって、ずい、と身を寄せて睨み返してきた。
女は強い生き物だ、と誰かに聞いたことがあるがそれは本当らしい。


「一人暮らしの女の家で家事やってるなんてどう思う?」
「う…ちょっと嫌だけど…」
「でしょ?」


だったらちゃんと言わなきゃ、と言われたって何を言うべきかオレには分からない。
いや、本当は多分、分かってるんだけど。
一ヶ月経ってもここで住んでください、なんて
寒気がするようなことはオレの口からは到底喋れそうにない。
鞄を持って玄関に向かうウィンリィの見送りをするために、のろのろと後ろを付いて歩いた。

玄関にはオレとエンヴィーが帰ってきた時からあったはずなのに
気付かなかったピンクのパンプスがぽつりとある。
ウィンリィがそれを履いて、お邪魔しました、と笑って帰っていく。
最後に少し顔を覗かせて、頑張ってね、と言い残し扉を閉めた。
なにが頑張ってね、だ。


ひとり残された後、エンヴィーは寝てるしどうしようかと少し思案して、
素直に風呂に入って寝ることにした。
流しに山積みのお皿は、明日エンヴィーに頼むとする。


風呂に入って歯を磨いて、部屋に戻ってベッドに寝転がった。
明日からまた書類の山と睨み合わなければいけないのだと思えば、
あっという間に終わる休みが非常に腹立たしい。



ごろごろと寝返りを打って、なんとか寝ようと目を瞑ってばかりのまま20分は経過した。
妙に落ち着かなくて、眠れない。
一人暮らしを始めたばかりの頃はよくこんなことがあったっけ。
はぁ、と息を吐いて枕を小脇に抱え、そろりと部屋を出る。

今日くらいは、とこっそりエンヴィーの部屋の扉を開けた。
鍵は閉まってない。閉めてあったらちょっと傷付くけど、とぼんやり思いながら
なるべく音を立てないように部屋に入る。
暗くてよく見えないから、そっと前に進んでベッドがあるはずのそこに手を伸ばした。

ぺたり、とシーツに触れたのが微かに冷たい温度で分かる。
あれ、と首を傾げながらベッドの上へあちこち手を這わせたけれど、人に当たった感触が微塵も無い。
まさか、と思って電気を付けた。
ベッドは空っぽだった。

夢遊病なのか、とひっそり思いながら自分の部屋に戻るため扉の方を向くのと、
がちゃり、と扉が開いてエンヴィーが部屋に一歩入り、オレを見て静止したのは同時だった。

今日は厄日だろうな、とひっそり思った。















































back    next
メイントップはこっちなんスよ



エドエンではなく

エ ン エ ド だ !


ほとんど有害。

*****
kuru+kuru | Gamin