今日の天気は快晴です、とニュースキャスターが言ったのを思い出し、
鞄の中には財布とエコバッグだけを入れて家を出た。
初夏の熱気の中を歩くなら、やっぱり身軽だということが一番だと思う。
なのに買い物が終わった頃には両手に紙袋があって、新しい服だったり
色違いで買ったお揃いのマグカップだったり
試食したら美味しかった漬物だったりと荷物が多くなっていた。
冷房のしっかり効いた広いデパートならではの現象だとオレは思う。
「やっぱりあれだね、漬物はいらなかったかな」
「無駄に食材も買い過ぎただろ…」
「あと変なスリッパも買ったよね」
お揃いで買ったマグカップは正直嬉しかったりするから咎めない。
適当に入った喫茶店でケーキを注文し、重い荷物で疲れた手を休めながらぼんやり紙袋を見た。
フルーツタルトにフォークを刺して、生地を割ってからオレンジジュースを口に含む。
チョコレートパフェを幸せそうに食べるエンヴィーに視線を戻して、
ブルーベリーをフォークの先で転がした。
一頻り買い物に興じて騒いだ分、こういった休息のときは静かになるものだ。
なんとなく気まずい感じがして、話題を必死に探す間もエンヴィーは気にしていないように
チョコアイスに塗れたコーンフレークを口に運んでいる。
なにか話さなければ。
なんだっけ。
「…あのさ、前から気になってたんだけど」
「ん?」
ようやくエンヴィーの関心がパフェからオレへと移った。
転がしていたブルーベリーを口に入れて噛み潰す。
甘酸っぱい、とそのままの感想をひっそり思った。
「お前オレと同い年だろ」
「うん」
「何で家事使用人やってんだ?」
器の底にあるチョコソースをスプーンで綺麗に掬ってから、
人事みたいにエンヴィーも首を捻った。
ここで「知らない」と言われたらどうしよう、と思ったが
こいつなら言い出しても全然不思議じゃない。
「…親がいないから、お金稼ぎと住む家確保」
正直に言うとそれが目的です、と笑った。
エンヴィーがチョコレートパフェ完食。
生クリームとさくらんぼの乗ったプリンへ取り掛かる。
「家事だけは、ていうか家事しかできないしね」
「…そっか」
そこまで詮索するつもりは無かったけど、エンヴィーが言うには
父親も母親もふらりとどこかに行ったきりらしい。
何と言っていいか分からなくて、せっかく注文したタルトもフォークで突くばかりだった。
「じゃあエドは?」
「へ?」
「軍人さんになってる理由」
プリンの上のさくらんぼをお皿の隅に大事そうに残しながらエンヴィーも首を傾げた。
あぁ、と頷いてからタルトをようやく口に入れる。
「オレも親いないんだよな」
「そうなの?」
「親父はどっかに行って、母さんは流行り病で死んだ」
傍から聞けば凄惨な会話をしているけれど、エンヴィーもオレと同じようなものだから
顔をしかめたり辛そうに目を伏せたり、そんなことはしなかった。
そっか、と頷いてプリンを口に運ぶ。
「それで大佐が仕事紹介してくれて…」
「たいさ?」
「あ、お前会ったことないんだよな」
まぁ会わせるほどのやつでもないか、と嫌味なほどのわざとらしい笑顔を思い出す。
会話が途切れて少し沈黙が続いた後、不意にエンヴィーが笑った。
なんだ、と首を傾げて見ると、へらりと取り繕うように笑われる。
「うん、なんか似た者同士だなって」
「…誰と誰が」
「僕とエドが」
運命かもね、なんて間延びした声で言われて、ばかだろ、と
思わず顔を逸らしてからタルトを一気に口に入れて、オレンジジュースを流し込んだ。
なんだか嫌な予感はしていたけど、店を出れば空は雲って大粒の雨が降っている。
快晴だって言っただろ、と朝のニュースキャスターを思い出して毒突いた。
ただの夕立だよ、と言いながら一旦大きな紙袋を置いたエンヴィーが鞄に手を突っ込む。
「じゃーん、折り畳み傘!」なんて青い猫型ロボットを連想させる口調で言った
エンヴィーを見上げてから、それじゃ無理だろ、と肩を竦める。
「折り畳みじゃ小さいし、こんなに荷物あるんだぞ?」
「そんなこと言ったっていつ止むか分からないんだから」
だいじょうぶだよ、とせっせと傘を広げるエンヴィーに、まぁいいか、とオレもすぐ妥協した。
ここぞとばかりにビニール傘をあちこちで売り始めたデパートの策にはまるのもくやしい。
もう十分に無駄使いしたから簡便だ。
そうぼんやり思っている間に、ぐい、と傘の下まで腕を引っ張られた。
それからお互い濡れないように、腰の辺りに腕を回して引き寄せられる。
抱き寄せられる、とも言える気がした。
思わず硬直して、エンヴィーを見返すことも腰の辺りに回された腕を確認する暇もない。
歩き出したエンヴィーに付いて歩くのがやっとで、密着したところから
じわりと体温が伝わってくるのが分かって余計に恥ずかしかった。
とりあえず持っている荷物が濡れないようにすることだけに集中しよう、とオレは俯く。
「今日のご飯なにがいい?」
「え、えっと、なんでも」
頭上から降ってくる声にさらに俯いて、よたよたと水溜りを避けながら歩いた。
ちら、と見上げればこちらの視線に気付いて見返される。
首を傾げられて、慌てて視線を逸らした。
早く雨が止めばいいのに、と思いながらぼんやりすれ違う人を眺める。
ふとエンヴィーの肩の辺りを見ると、服がびしゃびしゃに濡れていた。
ぼたぼた、と傘から落ちる雫がどんどん染み込んでいく。
なにやってんだ、と呆れて傘を持っているエンヴィーの手を上から掴んだ。
「そっち濡れてるって。お前傘差すの下手だな」
「あ、ほんとだ」
「ほんとだってどんだけ鈍いんだよ」
言いながら傘をエンヴィーの方に傾けて、雫が落ちてこないことを確認した。
そうしたら自分の肩にぽたぽたと雫が落ちてくる。
まぁしょうがないか、と思いながらしばらく歩いていると、いつの間にか雫が肩に落ちてこなくなっている。
まさか、と見れば傘は若干オレの方に傾いていて、エンヴィーの肩に雫が落ちていた。
気に食わなくて傘をまたエンヴィーの方に傾ける。
へたくそ、というアイロニーにエンヴィーはにこりと笑った。
「もういい、オレが持つ」
「えー」
「えーじゃない」
お前は傘を右に傾ける癖があるのか、と言いながら奪い取るように傘を持った。
そうすれば、やっぱりぽたぽたと自分の肩に雫が落ちてくる。
「…エドも下手くそじゃん」
「うっさい、傘が小さいんだ」
なんて言いながらエンヴィーが濡れないように、と無意識に配慮している自分に溜め息を吐いた。
いつからオレはこんな風になったんだか、と呟きながら
結局エンヴィーも傘を差すのが下手というわけじゃなかったことに気付いて少し体温が上昇する。
じっとオレの肩を見て、ハンカチで拭いてくれたりする間も
傘はずっとエンヴィーの方に傾かせておいた。
「ねぇ、濡れてるってば」
「…傘が小さいんだっつーの」
雨が止まなかったらいい、とひっそり思った。
ただいま、と誰もいるはずがないのにオレが呟く。
後から続いて入ったエンヴィーが「おかえり」と返した。
こういうこいつの真顔で言うジョークというか、茶目っ気が結構好きだったりする。
「あーあ、濡れちゃったね」
「まぁ、無いよりはましだっただろ」
結局傘を奪い合ったりどっちに傾けるか口論しているうちに
ぐらぐら揺れる傘は雨水をぼたぼたとオレ達に振り落として、
お互い肩辺りがぐっしょりと濡れてしまった。
紙袋もしっとりと濡れて明らかにふやけている。
中のものも、ちょっと危ない。
ビニール袋に入った食材だけは元気だ。
「先お風呂入っててよ。これ片付けておくから」
「んだよ、お前の方が濡れてるだろうが」
「だってエドの手冷たいよ?」
「お前の方が体温低い」
「体温じゃなくて…」
「お前が先に入れよ」
「じゃあじゃんけんだ」
「いいから入れって!」
家事使用人が風邪引いてどうすると、怒鳴って
風呂場まで無理矢理背中を押して連れて行った。
渋々服を脱ぐエンヴィーに、とりあえず買ってきたものをどうにかしようと
リビングへ戻って紙袋からマグカップを取り出す。
色違いの猫がプリントされたそれに、あー、と声を漏らした。
なんか、また、余計なもの買ったかも。
ぼんやり思いながらテーブルの上にそれを置いて、買ったばかりの服を取り出そうとした途端
風呂場の方からワギャー、というような猫の雄叫びが聞こえた。
よく喧嘩をした猫が出すような鳴き声、に近い。
ゴキブリでも出たか、とテーブルの上に放置したままの新聞を持って風呂場へ向かうと、
脱衣所に見慣れない人影が見えて、ぴた、と反射的に立ち止まった。
一瞬警告音が響いたからだ。
長い金髪の、青い瞳の色をした女がこちらに気付いて振り向いて、へら、と笑う。
「覗くつもりは無かったのよ?あんたの帰りが遅いから仕返ししようと思って」
オレは丸めた新聞で、幼馴染の頭をぱん、と叩いた。
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戻るのか。そうか。
わぎゃー