今日は自分の態度を振り返って反省するのに良い機会が巡ってきます。
そんな時は素直に謝るといいかも。
ラッキーアイテムは緑のハンカチです。
テレビから聞こえるそんなどうでもいい助言に、余計なお世話だ、と毒突きながら
焼きたての食パンにブルーベリージャムを塗っていく。
エンヴィーは割と真剣にテレビを見て、オレンジジャムをスプーンで掬ったまま微動だにしない。
温めたミルクからほわほわと湯気が上がっているのも放置で、冷めたら美味しくないだろ、と思った。
どっちにしろ美味しくないとオレは思うけど。
「全世界の水瓶座に自分の態度を反省する機会が巡るっていうのか?」
「あ、おチビさんって水瓶座なんだ」
「これだから占いって信じられないよな」
「ねぇ聞いてる?」
「お前が聞いてないんだろ」
なんとも噛み合ってない会話の後、ようやくジャムを塗り始めたエンヴィーが
全世界の射手座に対するどうでもいい助言を真剣に聞き始めた。
射手座だったのか、とぼんやり思いながらパンを齧る。
「…恋人と急接近だってさ」
「ふーん?」
「お前恋人いるのか?」
「ううん、いないけど」
「ほらな、やっぱり信用できないだろ?」
げらげら笑っていると、でも気になって見ちゃうんだよね、と
他人事のように、不思議そうに首を傾げた。
どうせ信用できないと分かっているなら見なくてもいいとオレは思う。
「お前そういうところ変わってるよな」
「でもほら、ちょっと楽しくない?」
「いや、馬鹿らしいと思う」
「そこがいいんだけどなぁ」
言いながら食パンを齧る姿に、ふーん、と呟いた。
つまり馬鹿らしい占いを見てせせら笑うというのか。
意外と性格悪いな、こいつ。
うさぎの皮を被った…狸辺りの狡猾ななにか。
「あ、時間大丈夫?」
「んー、最近そんなに忙しくないからな」
「ふーん?」
「通り魔の騒ぎも治まってパンクしそうだった回線もいままで通り」
もう一度エンヴィーがふーん、と蚊のように鳴いた。
パンを口に押し込んでしっかり味わい、オレンジジュースを流し込む。
ごちそうさま、と言ってから席を立って軍服を取りに階段を上った。
まだマイペースに朝食を食べているエンヴィーはテレビに釘付けのまま。
軍服を取ってから、壁に掛けてあるカレンダーをちらりと見る。
明日休みだよな、と指差し確認してから、一日ぐっすり眠るかどうかをしばらく思案した。
雨が降っていると仕事をする気が起こらない。
これはロイがよく言っていたけれど、今日だけはその言葉に賛同したかった。
なぜか不思議と身体がだるい。
ごちゃごちゃな本棚やデスクが気になって集中もできない。
大体あれだけ晴れていたのに、急に雷雨だなんて酷い話だ。
お陰であいつには格好悪いところを見せてしまった気がする。
泣きながら部屋に入り込んで、いや、これ以上は思い出したくない。
どうにかエンヴィーの脳に残ったオレの痴態だけを記憶喪失にできないだろうか。
殴ればすぐに記憶が飛んでいきそうなやつだけど。
うーん、と唸りながらごろごろとデスクに伏せていると、余計なことばかりが頭に浮かんでしまう。
一ヶ月経ったらどうするのか、とロイはオレに言った。
どうするって別に、と答えたら、もっとよく考えろ、って言われたっけ。
結局何が言いたかったんだろう、と首を捻った。
それに途中で天気の話をしたから余計に分からない。
そこまで思ってから、のそりと顔を上げた。
一ヶ月経ったらどうする、とためしに自分に聞いてみると、
知らねぇよ、とすぐ返事が返ってきた。
それは「どうでもいい」という意味ではなくて、本当に分からないのだ。
あいつがいなくなるということが、どういうことかよく分からない。
それこそ快晴だったのに急に激しい雷と雨。そんな感じだ。
少なくともオレには想像できない。そんな次元。
一人暮らしをした時間の方が長い上に、ほんの数週間前まではそれが当たり前だった。
なのにいま思い出すだけでもぞっとする。
大好きなお笑い番組を見て、ひとりでげらげらと笑うあの静寂。
美味しい、という呟きがただの独り言になる虚しさ。
寂しがりだというのは自覚していたけど、どうやらもう一人暮らしはできそうにない。
そこまで甘ったれだったのか、オレは。
そうぼんやり思うと、あぁそうですよ、と自暴自棄になって言う自分が居るのに気付く。
どうせオレはあいつがいないと朝起きれないし寂しくて死にそうだし
晩御飯だって作れないような情けない男ですよ。
そう思ったらすっきりした。
オレは滅茶苦茶寂しがりです。それがなにか?
思えば開き直りだけは小さい頃から一人前だった気がする。
のそりと身体を起こして、放置したままだった書類にサインを始めた。
屋根を打つ雨の雫の音が弱まって、灰色の雲の間をすり抜けて太陽の光が差し込む。
明るくなった部屋に、いつの間にか晴れたんだな、とぼんやり外を見た。
帰宅後、まともに目を合わせようとしないオレの後ろを不思議そうにエンヴィーが追いかける。
色々唸りながらカレンダーを見て、エンヴィーを見て、また頭を抱えた。
なになに、と明らかにオレがなにか言いたそうにしているのに気付いて
うろうろするオレをひよこのように追いかける。
休日をゆっくり眠って過ごそうと一度は決めたけど、少し考え直してみた。
部屋の掃除をしよう、とかどういうことじゃなくて。
なんとなく、こいつと一緒に買い物をしようかな、ということで
誘ってみようとは思うけれどあまりにもシャイボーイなオレには到底無理で唸っているわけだ。
晩御飯が冷めてしまう。
「あの、さ」
「うん」
「明日休みなんだけど」
一緒に買い物とかどうでしょう。
聞き取れるかどうかの小さな声で言うと、きょとんとしたようにオレを見てから
それはもう嬉しそうに、ぱっと表情を明るくした。
一日中家事ばっかりで出掛けるヒマも無かっただろうし嬉しいとは思うけど。
「もしかしてデート?」
「残念だけど違う」
思った通りの反応に苦笑して、カレンダーに大きくまるを描いたエンヴィーをぼうっと見る。
誘ったのはオレだけど男とデートしてなにが楽しいんだ、と思ってから、
その光景にはっとなって思わず黙り込んだ。
なにかエンヴィーが嬉しそうに話しかけてくるのもほとんど聞こえない。
今月のカレンダーを捲れば、こいつが来て二日目にオレが大きく描いた線がある。
一ヶ月で出て行け、と怒鳴り散らしながら描いた、エンヴィーの帰宅予定日の印だ。
思えばなにか酷いことを言った気がする。
こいつは気にしてないように頷いたけど、どう思っただろう。
傷付いたかもしれない、とか余計なこと言ったな、と自己嫌悪で俯くと
エンヴィーがペンにフタをしながらオレを見た。
聞いてる?と首を傾げられてから、うん、と頷く。
このカレンダーを捲ったら傷跡みたいにオレの描いた線が残ってるんだろう。
酷く胸の辺りが痛い。
「…エンヴィー」
「は、はい」
「お前が来た時さ、酷いこと言ったよな」
悪かった、ごめん、とほとんど顔を見れずに謝った。
しん、とした沈黙の中で、圧力鍋が蒸気を噴出する機関車のような音だけが響いている。
最初はうるさい鍋だ、と思ったけど最近その素晴らしさに気付けた。
「え、なになに?なにが?」
「…忘れたのかよ」
「忘れてないけどさ、エドが素直に謝るって気持ち悪いじゃん」
謝って損した、と殴るためにエンヴィーへのしのし歩み寄った。
最悪だ。オレだけ馬鹿みたいだ、とほとんど恥ずかしさで涙目になったまま拳を振り上げると、
無防備になった胴体をぎゅう、と締め付けられて間抜けな声が漏れる。
振り上げた拳をそのままに顔を上げると、エンヴィーの髪の色が間近に見えた。
抱き締められて、いる。
なんでじゃい、と呟けば、だって可愛いもん、と言われた。
やっぱり一回だけ殴ったら、気にしてないからいいよ、と耳元で声がする。
正直すごく安心した。いま酷い顔してるかもしれない。
「…煮物焦げるんじゃないんですか」
「んー?もうちょっと」
「もうちょっとってなんだよ」
呆れながら遠慮気味にエンヴィーの背中に手をほんの少し回してみる。
テレビからは明日の天気を淡々と伝える女の声がした。
明日の天気は快晴だそうです。
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トップに帰るのか。あそこは修羅場だぞ?
エンヴィーがおチビさんって言わない
なんだか気持ち悪い(酷い)