強風で外からは不気味な音ばかりが響いている。
どこかの家ではガタガタと窓が音を立てているし、
木の葉のざわざわと擦れ合う音だって怖い話には付き物なイメージがあるし。
それに加えて大粒の雫が窓を叩く音と、雷。
誰もいないはずなのに廊下から足音が聞こえて…という心霊話を連想させそうだ。
正直オレは幽霊とかそんな非科学的なものは信じていないけれど、
台風が直撃しているんじゃないかというような荒れた天気は本当不気味である。
なにより雷は小さい頃から駄目だった。
これだけは我慢できなかった。
身体を丸めて、布団に潜り込んで浅く呼吸すること20分。
見慣れた目覚まし時計も道連れに布団の中へと潜らせているから、
こまめに時間を見ることで少し気を紛らわしている。
しかし流石は初夏だ。
布団の数を減らしたとはいえ、まだ肌寒かった春のままの毛布の中に
潜り込み続けるということは予想以上に辛かった。
湿度に加えて密閉空間。
汗がじわりと滲んで気持ち悪かった。
息苦しいから、と布団の端を片手で持ち上げた途端、ピカ、と雷の閃光が
こちらの許可も得ずに侵入してきた。
ぎゃ!と短い悲鳴を上げて慌てて隙間を無くす。
そうしている間に激しい雷鳴が鳴り響いて、びくりと身体を跳ねらせる始末だ。
もういやだ。
怖いよアルフォンス。
これだからひとり暮らしは、とひっそり誰に対してでもなく文句を呟く。
いや、いまはひとりじゃないんだっけ。
家事使用人!と名案を閃いたかのように頭上に電球を浮かばせた。
しかしだからといっていまはひとりだということには変わりない。
この部屋にひとりっきりなのだ。
それが怖いんだ。別の部屋に誰かが居たって怖いものは怖い。
ちらりと握り締めている時計を見た。
寝られずに布団に潜っていること25分が経過している。
このまま汗びっしょりで、寝付けることもできず朝を迎えるのだろうか。
そんなのは嫌だ、とぐたりと額をシーツに押し付けた。
はぁ、と息を吐く。息苦しいのに布団に隙間を開けることすら怖い。
汗がひとつ頬を伝ってシーツへと落ちた。
暑い。息苦しい。
命の危険すら感じてくる。
蒸し暑さと息苦しさのせいで恐怖が無くなったのではないかと一瞬思ったが、
未だに雷の音が響くたびに悲鳴を上げるようじゃあ、まずそれはない。
泣きそうだった。
こういう時、人は勇気が要るんだと思う。
たとえば雷が鳴り響く中、思い切って布団から出るとか。
布団から出るだけでなく、暗い廊下を歩くとか。
部屋を出るだけでなく、その、オレ以外の誰かがいる部屋へ入って安心感を得るとか。
オレは恐怖を感じると、人の居る場所を求める性質がある。
でも男の部屋に侵入するような趣味は無い、と首を激しく左右に振った。
だったら手足だけでも出せば涼しいのでは、と思い布団をそろりと持ち上げた途端
この家の屋根に落ちたのではないかというような激しい雷鳴が響き、
それが余りに不意打ちなせいで悲鳴を上げ、身体が飛び跳ねた反動でベットから落ちた。
もう半泣きだったと思う。
布団の中と変わらず部屋は真っ暗で、雨粒が窓を叩き、
木はざわざわと踊って、閃光が走り雷鳴が鳴り響く。
もう無意識に枕を掴み、持っていた時計を蹴りながら部屋を飛び出した。
どこに行くってそりゃあ、オレの性質は先程説明したはずだ。
うとうと、と意識が無くなる寸前の、夢と現を行き来していた時に
部屋のドアが激しく開けられたらそりゃあ誰だってびっくりするだろう。
うわ何!?と声を上げて飛び起きたエンヴィーの胸にダイブしたせいで
またベットへと倒れこんだこいつは頭をどこかで打った。
ごん、と鈍い音がする。
「だだだ誰!?」
「お、オレ、」
「え、なに夜這い…?」
「んなわけ、ないだろ!」
お互いの声が震えている理由は違うにしても。
とりあえず誰かがいる、ということに安心したオレは
エンヴィーにぎゅうぎゅう抱き付いた。
苦しいくるしい、と声を漏らすエンヴィーがなんとか電気を点ける。
「なんでそんなに汗びっしょりで…」
「あのさ、提案があるんですが…」
雷の音にびくびくしながら言うオレにエンヴィーが首を傾げる。
抱えている枕で言いたいことが分かったのか、えー、と不満そうに言った。
「だってふたりじゃ暑いー」
「布団の中に潜るよりはましだ!」
「は?」
「いいからそっち寄れ!」
有無を言わさずエンヴィーを奥へと押し遣って、ひとり分のスペースを空けた。
ほっと息を吐くと同時に閃光が走って、慌ててベットの上に上がってエンヴィーの胸元に顔を押し付ける。
まだ完全に安心はできそうにない。
「…やっぱ怖いの?」
「…」
否定も肯定もしなかったけれど。
沈黙は肯定なり、とか言うし。
うーんと首を捻っていたエンヴィーがシーツの端を引っ張ってオレの顔まで持ってきた。
ごしごしと汗を拭かれて見ると、しょうがないなぁ、と苦笑される。
寝巻き代わりの紫のTシャツがオレの汗のせいで少し濡れていた。
申し訳ない。
「じゃあ一緒に寝る?」
こくこく、と頷くとぱたりとエンヴィーがベットに倒れる。
それから薄くて涼しそうな布団を持ち上げた。
「どうぞ」
「…お邪魔します」
のそりと布団に潜り込んで、持参の枕を置いて頭を乗せた。
遠慮気味に側に寄ると、ぎゅう、と抱き込まれる。
不思議と密着しても暑いとは思わなかった。
「電気消すよ?」
「う、うん」
頷くと部屋が真っ暗になった。
時々閃光が部屋を照らして、至近距離にあるエンヴィーの顔が一瞬だけ見える。
汗まみれなのも気にせずに手を握ってくれるお陰で、もうほとんど怖いと思うことはなかった。
なのに心臓が高鳴って、なかなか寝れない。
恐怖と緊張のせいじゃないとしたらなんだろう、とひっそり思案する。
時々激しい雷の音が響いて、ぎゅう、と思わず手を握ったりしたら。
同じくらいの強さで握り返されるのですよ。
もう一度試しに緩く握ると、優しく握り返される。
それと同時に心臓が跳ねた。
あれ、と思った。
なんか変だな、と少し首を捻った。
最初は煩わしいとさえ思ったこいつが、いまでは安心できる、ような。
いやこれは釣り橋効果ってやつかな、と思いながら寝ようとして目を瞑るけれど、
やっぱり手を握る度に同じように握り返してくるのは、ちょっと、反則ですよ、と思った。
釣り橋効果ってすごいですね。
外からの雑音に目を開けると、いきなり深い黒色が見えた。
あれ、これはなんだ、と思ってじっと見つめていると、
後頭部辺りを撫でられているような感じもする。
はっとして見れば、エンヴィーがにこりと笑った。
黒い色の色が和んだように揺れる。
「おはよう」
「…おはようございます」
やっぱり雨は激しく降っているけど、雷はもう鳴っていなかった。
がば、と上半身を起こすと、目に入った時計が5時を示している。
こんな時間に起きるなんて滅多にない。
「ぐっすり寝てるから起こすのも可哀相で」
「え、あ、いや…こちらこそ」
すみません、と慌ててエンヴィーの身体をがっしりと掴んでいた手を離す。
のそりと上半身を起こしたエンヴィーがベットから降りた。
あぁ多分朝食作ったり弁当作ったりするんだろうな、と背伸びをする黒髪をぼんやり見上げる。
「まだ寝る?」
「え、えっと…」
正直こいつが何時に起きてオレのために朝食を作っていたのかなんて気にもしなかった。
オレより先に寝たら駄目なのに、オレより先に起きて朝食を作ってくれるって、なんだそりゃ。
不意に「昼寝をしてこんな時間になった」と苦笑するエンヴィーを思い出す。
あ、やっぱ眠たいですよね、と思ったら。
「エド?」
「…飯食う」
起きる、と言えばエンヴィーがきょとんとしたようにこちらを見て、
ちょっと嬉しそうににこりと笑う。
これからはちゃんと朝食食べようかな、とぼんやり思った。
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