目覚まし時計が鳴り響いて、しばらく唸った後ぼんやり目を開けた。
まぶしい、と寝言のように呟いて布団に潜り込んでから、がば、と起き上がる。
いつもとなにか違う違和感を感じながら、サイドテーブルの上の時計へ手を伸ばした。
時計はぴったり6時を示している。

アラームは6時半に設定したまま、ずっと放置されているはずだ。
昨日は真夜中まで机に向かって書類にサインをしたし。
自分でアラームの設定を変えた覚えだってない。

まさか、と目覚まし時計を止めてから部屋を飛び出した。
いい匂いがするのは、またあいつが律儀にオレの分まで朝食を作っているからだろう。


「…おいエンヴィー」
「あ、エドおはよう」
「オレの部屋勝手に入ったか?時計触っただろ」
「うん」


チン、という音を立ててトースターからパンが二枚飛び出した。
目付きの悪そうなネコの形に食パンがこんがりと焼けている。
ポップアップ式のトースターは何気に愛用しているわけだ。


「オレ昨日寝たの2時!お前寝てなかったのかよ!ていうか人の部屋に勝手に入るな!」
「へ?う、うんごめん」


目覚まし時計をいじられたことよりも、こいつがオレの部屋に
何の用事があったのかが気になった。
それになんでそんな時間まで起きていたのかも分からない。

問い詰めると、だってご主人より先に寝たら駄目なんだもん、と言われて
怒るのも忘れてきょとんとしてしまった。


「…なんだそれ」
「家の人がみんな寝るまで使用人は寝れないんだよ」
「いつそんなの決まった?」
「僕たちの中では暗黙のルール、かな?」


なんでもないように言って、焼き上がった食パンの上に目玉焼きを乗せた。
半熟の目玉焼きに一瞬見蕩れてから、ソーセージの添えられたそれから視線を外す。
せっせとゆで卵の殻を剥くエンヴィーと目が合って、にこりと微笑まれた。
オレは未だに首を傾げながら、白くてつるんとしたそれを見つめる。


「…家事するだけじゃないのかよ」
「うん、家事使用人って言っても色々ありまして」


お菓子を作る、いわゆるお菓子職人の糖菓製造人とか。
主人の行き先にはお供して服装や靴に気を使ったりする近侍とか。
寝室の掃除とかベッドメイキングとか、寝室中心に仕事をするやつとか。
ペイジ・ボーイなんていうなんだかよく分からないやつとか。

聞けば主人のそば近くに使えて身の回りの雑用を勤めるらしい。
これは少年が多くて男色の対象にもなると言うものだから鳥肌が立った。
こんなに色々な専門の家事使用人を雇うのは広いお屋敷とかくらいだろうけど。


「っていう具合に分類が結構あるんだよね」
「お前は結局どれなんだよ」
「なんでもできるよ?」
「そうなの?」
「そうなの」


綺麗に殻を剥いたと思ったら、それを1センチほどの厚さに切り揃えてサラダに添えた。
ドレッシングを冷蔵庫から取り出して上下に振る。
家事は得意だからなんでも言って、と言われて半ば茫然としながら頷いた。

ふうん、という声が漏れたくらいだった。
それしか言えなかった。
頭がスッカラカンなどこか抜けている男だと思っていたけれど、なんか、すごい。


「…じゃあお前慣れてるんだな、やっぱ」
「うん。エドのところで働く前は小姓やったけど、」
「言うな、それ以上は言うな」


未だに鳥肌が治まらず、腕を摩りながら軍服を取りに階段を上った。
それから洗面所に向かい、ミント味の歯磨き粉を睨みながら
黄色の歯ブラシにパイナップル味の歯磨き粉を搾り出す。


「朝ごはんは?」
「いや、結構」
「ちゃんと食べないと駄目だってば」


無駄話したから時間がない、と言い終わってから歯ブラシを銜える。
結局こいつが来てから朝食を食べたのは…仕事が休みだった昨日だけ。
いらないって言うのに毎日作るんだ。
ここまでくるとお互い意地を張っているように見える。


「食べてよ」
「いらん」
「大きくなれないよ?」
「…誰がチビだ」


実際それは気にしていたことがあるけど、朝食食べるくらいだったら
睡眠時間に回した方がいいとオレは思う。
ていうか食堂で食べたりもするから、ほんと、お構いなく。


そう言うとエンヴォイーは「じゃあ明日は食べてね」なんて言いながら
ふたり分の朝食が並んだテーブルを前に座って食パンを齧った。






















マイルームが、いつも以上に汚く見える。

だから書類を少しだけ整理した。
転がっているキャップのされていないボールペンをちゃんとペン立てに入れた。
まだ綺麗とは言えないけれど、少しだけ片付いた部屋に満足して頷く。


「…大将が片付けですか」
「うん、なんか落ち着かなくって」
「いつも汚かったんじゃあ…」
「ん、なんとなく」


言いながら書類を数枚ハボック少尉に手渡した。
これ大佐によろしく、と言うと頷いて、じっと見下ろしてくる。


「なんだよ?」
「いやぁ…大将最近変わりましたよね」
「は?どこが?」
「だからこうやって片付けたりとか…」


なんか色々、と言われて首を傾げるのと、ばさばさと
積み重ねたファイルがなだれ落ちるのは同時だった。
とりあえず書類をファイルに入れておけば片付くだろうと思ったのは甘かったらしい。

あーあ、と慌てて拾い上げていると、ハボック少尉が
失礼しました、となぜか小声で言いながらそっと部屋を出て行った。
少しだけ開いた扉から、首を捻りながら歩く後姿が見える。


自分でも急に片付けるようになったのは少し変な感じだけど。
前からどうにかしよう、と思いながら何もしなかったのが現状だ。
でもまぁあいつが来てから家が常に綺麗だし、汚いと落ち着かなくなったというか。
前はなにかが床に散乱してないと落ち着かないとさえ思っていたのに。


「…地味に影響されてるとか」


ぽつりと呟くと、不意に後ろから押し殺したような笑い声が聞こえた。
はっとして見れば、無能大佐が盗み聞きしていたらしく肩を揺らしている。
失礼、と咳をひとつしてから部屋に入り込んだ黒髪を思いっきり睨んだ。


「普通ノックするだろ!最悪!」
「いや、そんなつもりではなかったのだよ」


どさり、と書類の山を置いたロイがくつくつと笑う。
なにがそんなに可笑しいのか知らないが、なにか楽しそうだ。
怪訝に思って見上げると、少し真剣そうに見返してくる。


「君の夫は元気かね?」
「…家事使用人だっつーの」
「どちらでもいいが、彼のせいで君も変わっているらしいな」


片付けようとした痕跡を見て言ってから、腰に手を当てて
なにか考えるように首を傾げた。
さっきまでデスクに伏せて寝ていたに違いない。


「一ヶ月と期限を決めたと言ったかな」
「…あぁそうだけど」


そういえばそうだっけ、と今更思い出して頷いた。
エンヴィーが弁当を届けに来たあの日、食堂でロイに散々からかわれたから
一ヶ月だけの家事使用人だとしきりに主張したのを覚えている。
絶対一ヶ月の期限付けてやる、とこの時決意した。


「いいのかね?変な意地を張って」
「…張ってないんですけど」
「またそんなことを」


落ちたままのファイルを拾ったロイが、窓から外を見た。
今日も見事な快晴で、青い空が広がっている。
雲がひとつもない晴天だけど、オレは青だけの空より白い雲のある空の方が好きだったりする。


「…今日は大雨だそうだ」
「は?まじで?」
「夕方から雲って、夜には土砂降りになる」


普段天気予報なんて見ないから知らなかったけど、こんなに晴れているのに
夜には大雨だなんて誰も想像できないだろう。
少なくともオレは思えなかった。


「一ヶ月経ったら君はどうするのだね?」
「別に…あいつがいなくなるだけだな」
「本当にそれだけか?もっとよく考えたまえ」


不意に話を戻されて、一瞬何を言っているそうか分からなくて反応が遅れた。
そう言われたって、あいつがいなくなるだけだろうに。
他にどういう可能性があるというんだ。
実はあいつは宇宙人で、オレを月とかその辺に攫う、とか。
そう言いたいのだろうか。

首を捻っていると、直に分かるだろう、と言ってから部屋をのろりと出て行く。
背中には「無能」と書かれた白い紙がテープで貼られていた。

























なるほどたしかに、ロイの言う通り夕方には曇り始めた。
最初は晴れた青い空に雲が増えてきた、と思う程度だったけれど。
家路に着く頃には灰色の雲で空が覆われていて、微かに西の方角がオレンジ色に染まっているだけ。

今日は仕事も少なくて早く家に帰れたから、傘がなくても困ることなく帰宅。
おかえり、と慌てて洗濯物を取り込んでいたエンヴィーがへらりと笑った。

昼寝したらこんな時間だったよ、と寝起き特有の乱れた髪を
手で梳きながら言う姿に、うん、とオレは頷いて外を見る。
灰色だった雲はどんどん濃くなっているように見えた。


「大雨なんだって。それで雷もすごいって」


お姉さんが言ってた、と付けっ放しのニュース番組に視線を向ける。
そっか、と頷くとエンヴィーが首を傾げて顔を覗き込んできた。
急に近くなった黒髪にぎょっとして目を見開く。


「なに?元気無いよ?」
「え、いや別に」
「今日のご飯シチューだから」


元気出して、とにこりと微笑まれた。
この前カレーだっただろ、と文句の言葉が出ないのは、
カレーもシチューも大好きで飽きることはないからだ。
毎日シチューを食べてもいい。シチューの海に溺れたい。
そう子どもの頃本気で思ったことがある。


せっせと取り込んだ洗濯物を籠に入れて、とりあえず部屋の隅に運んだエンヴィーが
忙しそうにキッチンへと向かった。
ぼんやりその後ろ姿を見てからカレンダーへと視線を向ける。

エンヴィーが帰るのはまだまだ先だけれど、こいつが来てから一週間が経とうとしていた。
そんなこと気にしていなかった、というより気付かなかった。
いつのまにか、一週間。その一瞬の一週間をあと3度くり返してから、ほんの2日。
そうすれば30日が経つ。


ぼんやりカレンダーを見ていたオレを怪訝に思ったのか、エンヴィーが歩み寄って来て。
ぼうっとしたままだったからそれに気付かず、
不意に頭を撫でられてびっくりしたように振り返った。


「エドが元気無かったらつまんないー」
「お、オレはいつだって元気だ!」
「でも今はちょっと元気無いよ。天気悪いと気分が沈んじゃったりするとか?」


エンヴィーがオレの頭を撫でた後、本当に退屈そうに
少し前屈みになって耳元に髪を擦り付けた。
すり、と甘えて擦り寄る小動物かなにかのようなそれに一瞬茫然としてから、
一気に体内の血液が沸騰し始める。


「お、お前オレと同い年!オレ子どもじゃないしお前も、」
「あ、そっか」
「オレが小さくて子どもみたいだって言うのか!?」


そこまで言ってないよ、と笑いながら逃げるように
キッチンへ向かったエンヴィーを見て、くそ、と小さく毒突いた。
でもそれは本気で苛立って言ったわけじゃなく、
どこかで満更でもない、と思っている、ような。


「んなわけあるか!」
「あはは、元気だねー」


なぜか急激に熱くなった身体を冷まそうと、
テレビの前のソファに乱暴に座ってリモコンを手に取った。




















美味しいシチューをしっかり堪能した頃に雨が降り出して、あ、雨、と思わず呟く。
降ってきたね、とエンヴィーが呟いて外を見てみるけれど、
もうすでに真っ暗で落ちてくる雨の雫の一粒すら確認できなかった。

ぱらぱらという音はどんどん激しくなって、きっと大粒なんだろうと予測できる。
お風呂沸いたよ、とエンヴィーが言った時には確実に雨は激しくなっていった。


「明日も降るだろうねー」
「だろうな…」


梅雨の時期にしてはちょっと早いけど、というエンヴィーの声を聞きながら風呂場に向かった。
ゆっくりと湯船に浸かっている間も雨はどんどん激しくなって、
ゴロゴロ、と遠くの方で低く唸るような音にはっとして慌てて湯船から出る。


「え、エンヴィー雷だ」
「え?うん」


慌てて出たからちゃんと身体も拭いてないような状態で、
拭いてから上がりなさい、とエンヴィーに怒られた。
雷が鳴ると、とにかく誰か人がいて少しでも安心できる場所を求めてしまう。

そうかと思ったらエンヴィーは入れ替わりで風呂に入ってしまって、
慌ててパジャマを着て風呂のドアの前に座り、ずっとエンヴィーに話しかけて時間を潰した。




エンヴィーが風呂から上がって、ふたりで歯磨きをして。
じゃあおやすみ、とあいさつを交わした頃には激しい雷が鳴っていた。
ピカ、と閃光が走るとオレは目を見開いて身を竦ませる。
それから大きな雷鳴に慌ててエンヴィーに齧り付いた。


「ぎゃー!今落ちた!絶対落ちたすぐそこ!」
「大丈夫だいじょうぶ」
「でも絶対あれは落ちたって!ていうかお前怖くないのかよ!?」
「うん」


あっさりと頷いたエンヴィーを茫然と見上げる。
おチビさんは怖いの?と言われて激しく首を横に振った。
それと同時に再び閃光が走って、慌ててエンヴィーの胸元に顔を押し付ける。


「朝になったらもう大丈夫だよ」
「…」
「ほら、早く寝なさーい」


ぽつんと寝室の扉の前に立ったまま、隣の部屋へと向かうエンヴィーの背中を見つめた。
ぱたん、という静かな扉の閉まる音が余計に不気味で、しばらくそこで立ち竦む。 そうしているうちに微かな閃光が走って、慌てて部屋に入って布団に潜り込んだ。
怖くはないんだ。ただ不意にあれだけでかい音がすれば、誰だって吃驚するし。

そうくり返し思いながらぎゅう、と目を瞑る。
蒸し暑さと緊張でじわりと汗が滲んだ。

結局枕を持ってエンヴィーの部屋に侵入したのはほんの30分後だったりする。







































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もう帰るのか。ここから出るといいぞ。



まだ続きがあったのですが
長くなったので次回へ…


いつも以上に出来が悪い;

あと誤字がありましたらすみません;;

ほとんど有害。

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kuru+kuru | Gamin