眠りの時間とはなんとも心地良い。
それをゆさゆさ、と揺さぶられて強制的に邪魔されてしまった。
朝日が眩しくて、目を開けずに小さく唸りながら寝返りを打つ。
もうちょっとだ。もうちょっとだけ寝かせてくれよアル。
そう言ったのにアルフォンスはさらにオレをゆさゆさと揺さぶってきた。
なんて酷いやつだ。あと5分だと言っているのに。
「うー…もうちょっと…」
「早く起きないと遅刻しちゃうよ?」
エド、と呼ぶ聞き慣れない寒気のする声にはっと目を開けて、がば、と起き上がった。
びっくりしたのか慌てて離れた後、にこ、と微笑まれる。
「おはよう」
「…」
微笑みながら「おはよう」と言ってくれるのが男だってさ。
オレの人生どこまで転落してるやら。
ぼんやりそう思いながら、はっとしてサイドテーブルの上にある目覚まし時計を見た。
朝の6時。いつもならぐっすり眠っている時間だ。
「朝ごはんできてるよ。7時に出なきゃいけないんでしょ?」
「…勝手なことするな。まだ寝る」
いつもは6時半に起きてる、と言って布団に潜り込むと、きょとんとしたようにオレを見下ろしてきた。
「朝ごはんは?」
「いっつも食べてない」
「ダメだよそんなの」
「うるさい邪魔するな話しかけるな出て行け」
寝起きのせいで不機嫌さはいつも以上だ。
アルフォンスよ、人選ミスだぞ。
どうせ男だっていうなら、30代前半のちょっとふっくらした優しいおじいちゃん気質なやつが良かった。
オレは喜んでそのメタボリックなお腹へ飛び付いただろうよ。
なんてオレが思っている少しの沈黙の後、じゃあ30分になったら起こすね、
という言葉を残してエンヴィーは部屋を出て行った。
あぁそうしてくれ。30分でも貴重な睡眠時間だ。
あと5分、を何度言えると思っている。
ふう、と息を吐いてから幸せな二度寝を満喫して、丁度30分になって起こされたオレは
慌ててベットから起き上がる羽目になった。
ハンガーに掛けておいた青い軍服を持って、エンヴィーを押し退けてどたばたと階段を駆け下りる。
それをソファの上に放り投げて、洗面所に向かって顔を洗った後歯を磨く。
それから髪を整えて結った後、ソファの上に放り投げた軍服に素早く着替えた。
「朝ご飯あるよ?」
「いらん」
いつも食べてないって言っただろ、と舌打ちしてからソファの横に
置きっぱなしだったトランクを開けて中身の書類をチェックする。
散らかっている新聞や広告で滑って転ばない分、いつもより時間に余裕があった。
「…軍人さんなんだね」
不意に軍服を見てエンヴィーが言った。
事務の方だ、とぶっきらぼうに答えてからトランクを閉める。
忘れ物は、多分無い。大丈夫だ。
「エドって何歳?」
「19」
「そっか」
一緒だね、と言う言葉なんか無視してトランクを持ち上げて、バタバタと玄関へ向かった。
ご丁寧にお見送りしてくれるのか、玄関まで来たエンヴィーがオレを見下ろす。
いってらっしゃい、と言われた。
顔をしかめて、あぁ、とだけ言ってから家を飛び出す。
いってらっしゃいだってさ。
言われるのは久しぶりだ。
つかなんかもう、あいつ邪魔。
うざったい。返品だ。返品してやる。
クーリング・オフって一週間だろ?まだ間に合う。
なんて思いながらばたばたと走って、いまにも発車しそうなバスに飛び乗った。
司令部に入ってから受付で銀時計を見せて、のろのろといつものマイルームへ向かった。
まぁデスクがあって椅子があって本棚があって、書類が山積みなオレ専用の事務室、というのか。
扉にはお手製の看板を貼り付けて、オレの部屋、とマジックで書いてある。
好き放題できるから、仕事場というよりオレはマイルームと呼びたい。
両手で邪魔なファイルを隅へ寄せて、トランクをデスクの上にどすんと乗せた。
ばさばさと書類が落ちるのも構わずに、それを開けて中から書類を数枚取り出す。
このところね、セントラルも物騒だから。こちらも忙しいわけなのだよ。
ぼんやりそう思いながら、デスクの上に置きっぱなしのファイルを開いて
なんだか大事そうな紙切れに目を通す。
サインして提出しなきゃ、と座ったばかりの椅子から立ち上がった。
それと同時に扉がノックされて、あいあい、と適当に返事をする。
「失礼しまーす。大将来てたんですね、おはようございます」
「あれ、ハボック少尉?」
きょとんとして見慣れた金髪を見ると、へら、と笑われた。
てっきり嫌味ばっかり言う無能かと思ったのに。
忙しそうですね、と言われて手元を見ると、山積みになっている書類が今にも崩れそうだった。
あー、と呻くように言うと、申し訳無さそうに笑いながら
数十枚という書類の山をどっさりとデスクの上に置く。
「これ、大佐からですよ」
「…」
「なにか大佐に渡すものありますか?」
「…ここの山」
むっとして言いながら指を差した。
後は大佐に確認とサインをして貰うだけの書類。
同じくらいの量の紙の山にやっぱりハボック少尉が苦笑して、
頑張ってください、とそれを抱えて部屋を出た。
あの男に会う手間が省けて良かったけどね。
軽く息を吐きながら、片付けようかな、とごちゃごちゃの部屋を見渡した時
再び扉がノックされて慌てて扉に向かった。
ノックの仕方が丁寧だから、ホークアイ中尉とかフュリー曹長辺りだと思う。
扉を叩く音で区別ができるんだ。我ながらすごい。
「はい?」
「エドワード君、ちょっといいかしら?」
扉を開けると、にこりと微笑んだホークアイ中尉が手招きをした。
なに、と首を傾げると、どこか嬉しそうに青いファイルを抱え直しながら
長い廊下の先へと視線を向ける。
「お客さんが来てるわよ」
「オレに?」
「えぇ」
カウンターで待っているみたいだから、と言われて頷いた。
わざわざ朝から来るといえば、アルフォンス、とか?
でもなんで、と足早に向かっていると、なぜかすれ違う女の人がこちらを見て微笑んでくる。
なんだかちょっと、嫌な予感。
廊下を進んで角を曲がって、きょろきょろと見渡すと受付にいた男が手招きをした。
こっち、と言われているみたいで歩み寄ろうとすると同時に、いまではすっかり存在を忘れていた
長い黒髪の野郎と目が合って、にこ、と微笑まれる。
嫌な予感的中というか、なんというか。
「お疲れ様。ごめんね急に呼んで」
「…お前なにしに、」
「なにって、そういえばお昼持ってってなかったなぁって」
慌てて追いかけた、と言われて見ればそいつはお弁当らしきものを持っていて、
好奇の目でエンヴィーを見つめていた女性はくすくすと笑う。
憎しみで人を殺せたら、と思った。
「食堂あるからいいんだよ!帰ればか!」
「でもお金かかるでしょ、そういうの」
「食堂で飯が食えないほど金には困ってない!」
ぐいぐい背中を押して追い出そうとすると、まぁまぁ、と宥めるように言う声が上から降ってきた。
煙草の匂いがしたから顔を見なくても分かる。
「せっかく来てくれたんですよ?追い返すなんて酷いじゃないですか」
「でも誰もこんなの頼んで…」
「とりあえず受け取ってあげましょうよ、ね?」
言われて目の前の黒髪を見れば、微笑んで弁当を差し出される。
少し躊躇ってから、あまり子どもみたいに騒ぐのもな、と思い直して渋々それを受け取った。
「お仕事頑張ってね?」
「…いいからさっさと帰れ」
「うん。お邪魔しました」
ハボック少尉に頭を下げたエンヴィーがあっさり司令部を出るのをぼんやり見送ると、
なんだかにやにやと笑うハボック少尉がオレの肩を叩いた。
「大将もいい夫見つけましたねー」
「は?夫?」
「容姿端麗で家事もできて、理想的じゃないですか」
「オレは男だボケ!」
あれは家事使用人!と周りにも誤解している女性軍が居そうだったから大きな声で言うと、
そうですか、となんだか面白くなさそうに肩を竦められた。
くそあいつ、帰ったらどうしてやろうか。
熱湯風呂の中に突き飛ばすなんてどうだ?
「それにしてもわざわざ届けてくれるなんて優しいじゃないですか」
「…いい迷惑だけどな」
出会ってから時間にして一日も満たない男から弁当って、普通おかしいでしょ。
手に持つそれを見下ろしてから、はぁ、と溜め息を吐いてとりあえず事務室、否マイルームへと戻った。
廊下をすれ違う人々の視線がなんだか気になったけどね。
誤解だよ、と泣き出しそうになった。
おや、エルリック少尉久しぶりだね。
ハボックから聞いたぞ、君はいつ結婚したんだ?
式に呼んでくれたらスピーチしてやったというのに実に残念だよ。
私も君に負けないように早く嫁を見つけるとするかな。
おっと、それと書類の間違いがあったから訂正してくれたまえ。
まぁ新婚生活も苦労すると思うがすぐに慣れるだろう、ははは。
なーんてわざとらしい笑みを浮かべるあの、あの無能大佐の顔。
オレは一生忘れない。絶対わざとだ。家事使用人だって何回も言っただろうが。
デスクの上が書類でいっぱいだから、と弁当を持って食堂に向かったのが失敗だったらしい。
マスタング大佐にばったり出会って、からかわれた挙句に仕事も増えて。
誰のせいだっていうんだ?やっぱあいつだ。
すべての責任はあいつにある。
やっぱり人選ミスだ、弟よ。
一人暮らしにしてはちょっと広すぎる一軒家の前に立って、オレは明かりの点いた部屋を見つめた。
ドアノブを握る。回す。
鍵を開けるといういつもの動作がひとつ足りないだけで、なんだか酷く物足りないような気がした。
ただいま、と例え誰もいなくてもいつも言っていたからとくに気にせずそう呟いた。
すると部屋の奥から奴がやってきて、おかえり、と微笑む。
お前に言ってない。
「ご飯できてるよ?お風呂も沸いて、」
「なぁ、ちょっと話があるんだけど」
にこにことしていたエンヴィーが首を傾げる。
同時に思いっきり息を吸い込んだ。
「お前がここで働くのは一ヶ月!一ヶ月経ったら出て行け!」
今すぐ、と言わないのはオレもそこまで鬼じゃないからだ。
働き先が急に無くなるのは大変だろうし、一応一ヶ月働かせて、ちゃんとお給料渡して、はいさようなら。
このほうがすっきりして良いと思う。
もう一度言うけどオレは鬼じゃない。
「いっかげつ?」
「昨日来たからあと29日!カレンダーよく見とけボケ!」
エンヴィーと肩がぶつかったのも気にせず、のしのし廊下を歩いてリビングへと向かった。
ソファの上にトランクを放り投げて、その上に脱いだ軍服を放り投げて、まだ先月のままだったカレンダーを破る。
あと29日、ね。来月になるな。
丁寧に数えてから、思いっきりそこへ赤ペンで印をつけた。
適当に一本、周囲の日付の枠にはみ出るまで線を引いただけだけど。
「いいか?来月の6日に帰れ!」
「うん、わかった」
急にそんなこと言われても、と抗議しないのはこいつらしい。
こちらが追い出す気満々で言っても気にしてないように頷いた。
「じゃあご飯とお風呂は、」
「飯」
「はいはい」
それから事務的にご飯とお風呂のどちらが先かと聞いた。
なんだこいつ動揺すらしねぇ、と少しがっかりしながら朝に放り投げておいたスウェットに着替える。
丁寧に畳んで置いてあったそれに、律儀だなぁ、とぼんやり思った。
本当だったらここからのろのろと適当な飯を作るか、インスタント食品で済ませるか、だったから
帰ったらすぐ夕ご飯が食べれるというのはちょっといいかもしれない。
いつものように適当にテレビを点けて、いつものお笑い番組へとチャンネルを変える。
げらげらと盛大な笑い声を聞きながら手を洗って、どっかりと椅子に座った。
今日の夕食はシチュー。実は好物だったりする。
「…全部お前が作った?」
「うん」
部屋を見渡せば、朝の時点では散らかっている物が片付いていただけの状態だったのに、
さらにフローリングの床は綺麗に磨かれているようだった。
テレビもいつもより綺麗な気がする。
ちょっといいかも、と一瞬思ってからはっとして、いやよくない、と呟きながらシチューを口に運んだ。
味は、まぁ美味しかったです。普通に。
素直じゃない、とか言うな。
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メイントップにはここから戻りたまえ
はぼっきゅん
萌え
あとみんなの階級設定に困ったよ。
昇進させようかなって思ったけど
混乱しそうだったからやめた。
えどえどの年齢がおかしいだって?
そんなことはいい気にするな