少し薄暗くなった道をのろのろと歩いて、ようやく家へと辿り着いた。
はぁ、とかうぅ、とかそんな呻き声を一歩歩く度に漏らしながら、
右手が千切れそうなほどに重く感じるトランクを時々地面に擦り付ける。


ただいま、と事務的に呟きながら扉を開けて玄関へと一歩入った。
その瞬間ふわりといい匂いがして首を傾げる。
美味しそうな匂いだなぁ、今日のご飯なんだろ、と思ったところでぴたりと足を止めた。

オレってひとり暮らしだよな。
そういえばなんで明かりが付いてるんだろうか。


首を捻りながら廊下をそろりと歩いていると、ひょい、と台所から
顔を覗かせた誰かがオレを見てにこりと笑った。
釣られてこちらもにこりと微笑む。あれ、と思った。


「兄さんおかえりー」
「…ただいま」


想像していたのは、全く顔も見たこともないような謎の人物がオレを出迎えるシーンだった。
残念なことに愉快な非日常は起こらなくて、可愛い我が弟が出迎えてくれたのである。
ちょっと、何ヶ月ぶりだよ、と再会の喜びに浸るよりも先に疑問ばかりが頭に浮かんだ。


「…なんでアルがオレの家に、」
「うん、兄さんにお話があるんだ」


相変わらず台所からはいい匂いがして、くん、とそれを嗅ぎながら先を行くアルフォンスの後ろを歩く。
話ってなんだ、と少し身構えながらダイニングキッチンへ辿り着いたとき。
テーブルにきちんと並べられた料理にびっくりして思わず立ち止まってしまった。
豪華絢爛な、夕ご飯ですね。

それから部屋を見渡して、それ以上に驚く光景にごとりとトランクを取り落としてしまう。
全く知らない人物が、人様の家で料理なんかしていた。
非日常だけれど全然愉快じゃない。


「あ、おかえり」


金色の髪の美少女が、くるりと振り向いてそう微笑んだ。
美しい碧空のような瞳がオレを見て、可愛らしいドレスを片手で持ち上げながらこちらへ駆け寄り、
とかだったら十分に愉快だったんだろうけど。
最早オレはただの変態である。


「兄さん一人暮らし大変でしょ?いつもこんなに帰りが遅いんだね」
「…」
「だからお手伝いさん雇ってみたんだ」


勝手にごめんね、でも兄さんのためになると思うよ。
愛する我が弟の言葉に、オレはただ頷きながら
ジャガイモの添えられたステーキに視線を落とした。














一人暮らしっていうのは本当に慣れるまでが大変で、とくに食事中なんか虚しくてたまらない。
これ美味しい、と呟いたって同意してくれる人もいなければ、
面白いテレビを見てげらげら笑っても一緒になって笑ってくれる人もいない。
それが寂しくてたまらない上に、沈黙して食事するあの気まずさったら、形容の仕様がない。
ひとりなのに気まずいんだ。そういう場面を想像していただきたい。
ね、嫌でしょ一人暮らし。あーやだやだ。


「今日から家事使用人としてここで働かせていただきます」


なんて言葉に、こいつ敬語慣れてないんだろうな、とぼんやり思った。
オレもそうだからよく分かるんだ、仲間よ。
ぼんやり思いながら肉の切れ端を口に運んだ。


「えっと、よろしく。おチビさん」


やっぱり敬語は苦手なのか、にこりと微笑んだ青年に思いっきりテーブルを拳で叩いて
デミグラスソースを盛大に卓上へと零した。
あ、とアルフォンスが慌てたように声を上げる。


「誰がチビだこの不法侵入者!おいアルお前なんて勝手なことを、」
「もー兄さん!そんな失礼なこと言わないの!」


珍しく遊びに来たと思っていた弟が謎の男を連れ込んだのだ。
なにがあった、すべて話せオレに、と睨み付ける。
するとそれ以上に物凄い勢いでギッと睨まれて、思わず負けた、と思った。


「だって兄さんの家この世のものとは思えないくらい散らかってるんだもん!びっくりしたよ!?」
「…でもだからって、」
「食べ物口に入れたまま喋らない!」
「はい」


さっと零したソースを綺麗に拭いた黒髪の男が、
オレとアルフォンスを見比べているのを視野の隅で見た。
しっかりステーキを飲み込んでから、だって、と言うと「だってじゃない!」と怒られる。
なんて言えばいいんだ。でも?けれども?しかし?


「流し台には汚れたままの食器が山積みでソファには脱いだ服が山積みで…」
「…」
「床だって書類から服から色んなもので足の踏み場もなかったじゃないか!」


ちゃんと寛げるくらいのスペースはあったぞ、と地味に反論しながらジャガイモにフォークを刺すと
そういう問題じゃない!とアルフォンスも同じようにジャガイモにフォークを指した。
これ美味しいな。


「こんなきったない家に住んでるなんて思ったら僕も安心できないじゃないか!
なんで炊飯器にカビが生えてるんだよもー!兄さんが何て言おうとお手伝いさん雇うって決めたんだからね!」


立て板に水とはこのことか。
ほぼ一息で言ったアルフォンスの勢いに負けてこくこくと頷いてしまった。
心配性なのは母さんにそっくりだな。
ぼんやり思いながら綺麗になった部屋を見渡してから、アルフォンスへと視線を向ける。


「とにかくお手伝いさんはもう雇ったから。文句は言わせないよ?」


その言葉を聞いて、ぼんやりステーキを眺めた後真正面にいる黒髪の男へと視線を向けた。
なんだかきょとんとしたようにオレとアルフォンスのやり取りを見た後、にこり、と微笑まれる。
思わず会釈して、どうも、なんて言ってしまった。


「そういうことだから、もう失礼なこと言わないんだよ?」


安静な一人暮らしはもう終わったな、とひっそり思った。


















遅くなったけど、と食べ終わった後に食器をさっさとトレーに乗せていく黒髪がこちらを見た。
エンヴィーです、と自己紹介されて、エドワードです、と同じトーンで返す。
そうかと思えば、ひょい、と重そうなそれを軽々持ち上げて流し台へと向かった。
その間にテーブルを拭いていたアルフォンスがオレを見て嬉しそうに微笑む。


「仲良くなれてよかったね。安心したよ僕」
「…どこがだ…?」
「気を使わないように年は近いほうがいいかなって思ったんだ」


なんてにこにこ笑うアルフォンスに、うん、と適当に返事をしてテーブルにだらりと伏せた。
もうなにがなんだか分からない。
オレだけが蚊帳の外だ。オレがこの家住んでるのに。


「それに住み込みだから仲良くしてないとダメだよ?」
「は!?なんだって?住み込み?」
「うんそう、住み込み」


そんなのは聞いてない、と慌てて顔を上げた。
いきなり知らないやつと、しかも男ふたりで生活だと?
うわ、いやだいやだ。
鳥肌モンだよ、と顔をしかめるとアルフォンスは首を傾げる。


「どうして?仲良さそうだったのに」
「良くない!しかもよりによってあんな軽薄そうな男と…」


ぶつぶつと文句を言ったって、今更どうにもなりそうになかった。
家事のひとつこなせそうにない男が使用人って、笑っちゃうよ。
へら、と半ば自暴自棄になって笑えば、とりあえず簡単に食器を片付けたのか、
エンヴィーさん、エンヴィーくん…なんて呼べばいいか知らないけどとにかくそいつが
向かい側に座って、えっと、と口を開いた。


「一応炊事洗濯掃除できるから、なんでも言ってください」
「…」
「それから通勤じゃなくて住み込みだから、よろしくお願いします」


なんて敬語が苦手そうな口調で言いながら、いわゆるお給料の方向へ話を持っていき、
まぁなんでもしてやるからとりあえずお金くれたらいいですよ、ということで終わった。
いや、そんなことを言ったんじゃないけどきっと腹の底ではそう思ったに違いない。


「兄さん明日も忙しいでしょ?僕も明日早いから帰るね」


言いながら立ち上がるアルフォンスに、え、と声を漏らした。
あ、待ってくれ。こんな男とふたりきりになんてしないでくれ。
なんて引き止めたって困らせるだけだろうから、うん、と頷いて玄関まで見送った。
エンヴィー…さん、くん、あぁもう面倒臭いから呼び捨てで、
そいつも一緒に玄関までやってくる。


「兄さんのことよろしくお願いします。迷惑掛けますけど…」
「こちらこそありがとうございました」


金ヅルを紹介してくれて、と腹の底では思っているに違いない。
じゃあね、とにこりと微笑んだアルフォンスに、ばいばい、と知らない男とふたりで並んで手を振った。
ばたん、と扉が閉まる。この沈黙は一人暮らし独特のものに似ていた。


「エドワード、さん?」
「…普通に呼んでいい。気色悪い」
「じゃあエド、だね」


一応こいつが使用人ならオレが立場上有利か?
目上の人に敬語を使う気ゼロとはいい度胸だ。
別にどうでもいいけどね。
敬語って堅苦しいし苦手だから使うのも使われるのも好きじゃない。


「お風呂沸いてるから入ってもいいよ」


なんて言われた。男に。吐き気がする。


どうせだったら綺麗なお嫁に言われたかったな、と遠い目をしてから
うん、と曖昧に返事をして風呂場へ向かった。























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エンエドで  家政婦は見た!




細かい設定とかはお話読めば
大体は分かってくると思います…;



このパラレル、なにがすごいかというと

エンヴィーがおチビさんって一回しか言わないんだぜ!


ほとんど有害。

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kuru+kuru | Gamin