これで遅刻は何度目だ?
先日指導したばかりだと思うがまだ懲りてないのか。
そういえばこの学校、昔は遅刻した回数だけ校庭を走るという伝統的な罰もあったらしいぞ。
やってみようじゃないか、エルリック。
とりあえず50周走ってきなさい。
「なんて、言われるだろうな…」
50回も遅刻してないっつーの。
ぼんやり呟きながら、そっと正門を潜って靴箱の前まで辿り着いた。
この時間だと、朝のHRはとっくに始まっている。
それでも校内では先生が巡回しているはずだ。
最初のミッション、四天王教師に見つからないよう教室に入ること。
これが意外と難しいんです。
「…逆に生徒指導室の前は安全だったりして」
「こら、そこの生徒」
「うぎゃ!」
不意に背後から声がして、飛び上がりそうになりながら振り返る。
ミッション失敗、さっそく四天王が現れた。
戦うか逃げるか、だ。
残念ながら道具は何も持っていないし、魔法も使えない。
「しかもよりによってお前かよ!」
「なに、その言い方。相変わらずネクタイも結んでないし」
首に掛けたままのネクタイを見て、まだ名前を覚えていない科学教師が歩み寄ってきた。
間合いを取って後退り、伸びてきた手からじりじりと逃げる。
気分はラスボスを前にした勇者だ。
「自分で結ぶってば!お前人のネクタイ結ぶのが趣味だろ!」
「あんまり騒いだら見つかるよ」
「もう見つかってるだろ、ミッション失敗だっつーの」
はぁ、と息を吐いて頭を掻くと、視野の隅で首を傾げるのが見えた。
今日の説教は何十分だろう。校庭50周も有り得るかもしれない。
憂鬱な気分でぼんやり思いながら、オレは白旗を揚げた。
生徒指導室なり拷問部屋なり、どこにでもどーぞ。
そう思ったのに、こいつは予想外の行動に出た。
「…保健室の前は誰もいないよ」
「は?」
「あんたが捕まったら一緒に説教聞かないといけないし」
面倒臭い、と教師とは思えない発言をした。
いや、聞き間違いだったのかもしれない。
茫然としている間に距離が縮まって、ネクタイに手を伸ばして結び始めてしまった。
これで何回目だっけ、とか、近くで見たらたしかに格好良いかも、とか、
何故か慌てる気持ちを落ち着けるために色々考える。
情けないな、勇者のくせに。
「ほら、早く」
結び終わったネクタイをぼんやり見下ろしていると、教室に戻れ、とオレを急かした。
逃げるようにその場を立ち去って、急に走ったせいで荒くなった呼吸を整えようと立ち止まる。
なんだ?あいつ。
変なの変なのへんなの。
そっと振り返ると、角を曲がって見えなくなる瞬間の背中が見えた。
へんなやつ、だ。
でも悪くないかもしれない。
夏らしい日差しを「日焼けするから」なんて躊躇いもせず浴びて、
フェンスを背もたれにして座り込む。
屋上にいると、校庭で試合をしている野球部や中庭で練習している吹奏楽部とか、
色々な音が聞こえてくるから結構楽しいものだ。
ごほ、と白い煙に一度咳き込んでから、フェンス越しに外を見る男を見上げる。
「ねーグリリン」
「止めろよそれ、気色悪ぃな」
「オレさ、恋しちゃったかもしれない」
オレはいつも前触れ無く変な話をするらしい。
弟のアルフォンスが言っていたからそうなんだろう。
自覚はないんだけど、な。
「はーそうですか、珍しいこともあるもんだな」
「しかも年上なんだ」
「年の差なんか気にすんなや」
「それに男だし」
「…はあ」
カキーン、という軽快な音が微かに聞こえて、まぁいいんじゃねぇの、と呟いた。
ダルそうに吐き出された言葉と一緒に煙も吐き出されて、オレはまた咳き込む。
屋上というものは落ち込んだ人を慰める場所だったり、
恋人同士がひっそりと出会う場所だったり、
面倒臭い授業から逃れるための場所だったりすると思う。
彼のように煙草が吸いたい人のためでも、あるんじゃないでしょうか。
「じゃあどうすればいいと思う?」
「まぁ最初はアプローチ、だろうな」
ぼんやりとした表情のまま、校庭の野球部を眺めて呟くように言った。
なるほどね、アプローチか。
何の捻りもなく着飾っていない、一番の近道だ。
思い立ったがなんとやら、と呟いて立ち上がると、
もう行くのか、とこちらを振り向きもせずに言った。
「うん、行きます」
羨ましいくらい大きな背中を見て言うと、グリードがようやく振り返って顔をしかめる。
「つか相手誰だよ?」
「…分かんない」
「は?」
「そういえば名前知らない」
しばらくの沈黙の後、本当に好きなのか、と言われた。
うん、好きなんです、と頷くとグリードはがしがし頭を掻く。
「…恋に恋してるってやつか」
「違うよ、ちゃんと先生に恋してるもん」
そこまで言ってから、グリードが目を見開いていることに気付いて慌てて口を押さえた。
うっかり秘密を漏らしてしまうことは、よくある。
「お前、まさか」
「ちょっとトイレ行ってきます!」
三十六計逃げるに如かず、だ。
ばたばたと走って階段を下りながら、科学教室ってどこだっけ、と思案すること数秒。
あ、知らないや。基本授業に集中しないせいで、移動先の教室も友人任せになっている。
きょろきょろと見渡しても、1年の教室がずらりと並んでいるだけだ。
科学教室なら1階かな、と階段を下りようとした途中、
微かな会話が耳に入ってぴたりと立ち止まる。
聞いたことのある声だ。たしか国語の教師だっけ。
もちろん名前は覚えていない。
宿題の提出率が悪すぎる、という愚痴を零しているのが微かに聞こえた。
そしてその愚痴へ返答する、その声、は。
この麗しい美声は、多分。
「…先生?」
そっと国語準備室へ顔を覗かせると、ふたつの視線がオレに向けられた。
男子生徒に人気があるらしい、癒しのオーラを纏った国語教師がにこりと微笑む。
その国語教師と会話していた科学教師の、なんとか先生、を発見。
「あら、エドワードくんどうしたの?」
微笑むと同時にふわりと舞って見える花弁の幻覚は、オレには見えない。
そういや宿題のプリント、どこにいったっけ。
オレも無くしてしまって提出していない。
「先生!」
現代国語の教師なんて完全に無視して、ぱたぱたと黒髪の教師に駆け寄った。
ふたりの間に割り込んで見上げると、こいつは不思議そうに首を傾げる。
「なに?」
「先生、会いたかったです!」
「…窓ガラスを割ったか、誰かを殴ったか、」
「そんなことしてないって。先生に会いに来たんだってば」
ネクタイはちゃんと結んだままだから、何処か物足りなさそうだ。
国語教師が茫然とオレのことを見ていたって、気にしない。
「先生、まずは自己紹介から、」
「いいから、分かったから」
呆れたように言いながら背中を押して、教室から出るように急かされる。
先生の手には科学準備室の鍵が握られていた。
そこでふたりきりになれる、ということだろう。
未だにぽかんとしている国語教師がおかしくて、にやり、と笑ってやった。
特に変わったところのない、普通の準備室だ。
ただ机の上はそれなりに綺麗にされていて、難しい本が積み重なっている。
小さなシンクもガスコンロもあって、オレより少し背の低い冷蔵庫も置いてある。
冷蔵庫には「開けるな」と綺麗な字で書かれた張り紙があるから、開けないでおこう。
「それで、何用?」
「先生に会いに来たんだってば」
「だから何で」
「なんでって、会いたかったんだもん」
だもん、なんて言われたって、という表情を露骨に見せてくれた。
分かりやすく言えば少し嫌そうだ。
嫌がられているのか、オレは。
「大体俺のこと嫌いじゃなかった?」
「先生、名前教えてください」
「…あのさ、」
「先生が、好きなんです」
躊躇いも何もない率直な告白に、さすがの先生も黙り込んだ。
「男なんですけど」
かと思ったらそうでもないらしい。
「奇遇だな、オレも男だ」
「生徒と教師だし」
「知ってるもん、それでもオレは先生が、」
「ごめん、無理」
「あ、こら!ちょっとくらい考えろよ!」
小テストらしい小さなプリントの採点を黙々と続けて、視線すら向けてくれない。
なるほど、照れ隠しってやつだな、ふふん。
…なんて、冗談です。
変なところで前向きだ、と弟によく言われている。
「大体どこが好きなの?あれだけ嫌そうだったのに。説得力無い。減点」
「…その冷たいところとか、」
色々好き、なんです。
言い終わった瞬間、無理、ともう一度言いながら椅子から立ち上がった。
オレは少し後ろの椅子に座ったまま、うぅ、と唸って俯く。
無理って、生理的に駄目ってことだろうか。
そう思っている間に、先生が冷蔵庫を開けて中から紙パックのりんごジュースを取り出した。
冷蔵庫の中がどうなっているかは、残念ながらここからじゃ見えない。
「飲む?」
「…う、うん」
ほら、優しいじゃないか。
そういうところが大好き、なんだけど口に出したら追い出されそうだから止めておいた。
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あの…でもこれ賞味期限切れてますよ…
やっと2話 だってさ
亀より遅い
今後おチビさんが変態になると思います
キャラ崩壊が嫌いな方は…後は言わなくても分かるよな?