まだ朝だというのに、じりじりとした熱気はかなりのものだ。
昼にはこれがもっと凄まじいことになるというんだから、夏は恐ろしい。
太陽にも「夏休み」があればいいのに、と本気で思ったことだってある。
日焼けの心配も、うだるような暑さも無い真夏、なかなか素敵じゃないか。
なんて言って、太陽に休暇があるとしても特別なことをする予定もないし
いつものように家で寝転がってばかりのまま過ごすだろうから、あまり必要は無さそうだけど。

「やっぱり、夏休みといったら花火よね」

日焼けのことも宿題のことも眼中に無いらしいウィンリィが言って、頷く。
「今年こそやるわよ、打ち上げ花火!」
「あんな高いもの買わなくていいだろ。一瞬光るだけのものに金掛けんじゃねぇ」
「夏の醍醐味ってのが分かってないわね。あんたは隅っこで線香花火でもしてなさいよ」
それは線香花火に失礼だろ、とオレとグリードがハモって言い、のろのろと通学路を歩いていく。
学校までの距離は、少しキツいけど歩いて通える程度のものだ。

肝試しもしたいわね、とか、ホラー映画鑑賞で我慢しろ、といった会話を
ぼんやり聞きながら足元に視線を落とす。
ふと目に入った、水色の花に目を瞬かせた。

「あ、そういやエド」
「ん?」
「お前、あれはどうなったんだよ」

あれ、というのは多分、オレの恋だ。
「なに?何かあったの?」
「あぁ、エドにもついに春が来たんだとよ」
「は?」
きょとんとしたようにこっちを見たウィンリィに、へらり、と曖昧に笑った。

「うん、まぁ、道は険しく遠いです」

言いながらしゃがんで、水色の花をひとつ千切ってそれを眺めた。
春ってなに、と茫然とするウィンリィにグリードが耳打ちをする。
「例の科学教師だとよ」
「え、え、嘘、なに、なにがあったのよ」
あんた嫌ってなかったっけ、なんて言いながらどこか楽しそうなウィンリィに苦笑して、
最初はそうだったけど、ともごもご口篭りながら呟く。

「オレは良い人だと、思います」

ふうん、と言ったふたりが首を傾げたのは、気付かないふりをしておいた。




















何十回と入ったことのある科学教室も、別に覚えなくていい、と思っていれば
どの場所にあったかなんてすぐに記憶から抹消される。
覚えたい、と思ったら一度行っただけですぐ覚えられるのだ。
とても便利な、必要最低限のものしか覚えない軽量化された自慢の脳味噌に、オレは正直感謝している。

「先生、おはようございます!」

ばたばたと科学準備室に駆け込んで、またお前か、という声を聴きながら数歩後ろに下がった。
準備室の扉には教師の名前が書かれた張り紙があるから、多分ここにも、あるだろう。
じっと見上げて、それらしい名前を指差した。
エンヴィー・ローレンティア。
舌を噛みそうな名前だ。
「先生、これあげる」
名前を知ったからって、呼び方に変わりはないけれど。

「…なにこれ」
「なにかプレゼントしたら、愛情度が上がるんですよね」
「ゲームのやり過ぎじゃないの?」
「あ、先生ってゲームする?」
「ホイミくらいしか知らない」

どうせ友達がやっているのを横で見ていた程度なんだろうけど、先生の口から「ホイミ」が聞けるとは思わなかった。
今オレのHPは満タンになったことだろう。
先生の「ホイミ」は「ベホマ」と同じ位の威力があると思う。
おっと、よく分からない人にはつまらない話だったな。失礼。

「あぁ、忘れてた。おい、エルリック」
「あ、あれ、先生オレの名前、」
「数学の先生から」

ほら、と手渡されたのはほんの少し前に提出したワークだった。
答えを丸写しした、オレもすっかり忘れていた例の課題。
「よくできました」の判子が押されたそれに目を瞬かせて、首を傾げた。

「なんで先生がこれ持ってて、オレの名前知ってんの?」
「偶然数学準備室にいたから。あと名前くらい知ってる」
「…先生ごめん、名前知らないのオレだけだったんだな。でも良い名前ですね」

なんて褒めた時には、すでに山のように積み重なった問題集をじっと見つめていた。
課題らしきそれは、恐ろしいほどに優秀な提出率。
声を掛けようか悩みながら、デスクの上に置かれている水色の花を眺めた。
そのまま忘れられて枯れてしまいそうだ。
別に気にしないから、どうぞご自由に、って感じだけど。

「…他に何か用?」
「え、えっと、なんでもない、です」
「あ、そう」

視線すら向けずに放った言葉は、思ったより冷たかった。
もしかして、嫌われているのだろうか、オレは。
好かれているとは思っていなかったけど、嫌われているのかは分からない。
ぼんやり思いながら斜め後ろにある椅子に座って、じっと背中を見つめた。

「…だから何」
「へ?」
「へ?じゃない。間抜けな声を出すな」
「う…ごめんなさい」
「用事が済んだなら帰ればいいでしょ」

ごもっとも。
ですが、オレだって先生に会いに来たんだからタダでは帰りません。
なんて口に出せないまま俯いて、うん、と頷いた。
HRまではまだ時間があるし、本当は話したいけど。
忙しそうだし教室に戻った方がいいのかもしれない。

「失礼、しました」

呟くように言って立ち上がっても返事は無い。
黙々と問題集を見て、時々首を捻っているだけだ。
そっと覗いてみると、提出された問題集には間違いばかりある。
こんな問題も分からないのか、と呆れているのかもしれない。
やっぱり撤退したほうが身の安全らしい。

そっと部屋を出て、音を立てないように配慮しながら扉を閉めた。
しばらくそのまま俯いていると、ぐい、と腕を引っ張られて思わず声が漏れる。
腕を引っ張られた、というよりドアノブを握った状態のまま、扉が開かれた。
そのせいでよろけながら見上げると、扉を開けた張本人である先生と目が合って、思いっきり顔をしかめられる。

「…あの、」
「なんだ、その態度。言いたい事があるなら言え」
「め、滅相も無い。文句なんて全然、」
「あほ、用事があるなら言えってことだばか」

あ、あほとかばかとか結構酷いな。

「いえ、無いですよ、ほんとに」
「じゃあ何で帰るのを躊躇ったわけ?何かあるんでしょ?」
「う…」

なかなかするどいな。
このまま曖昧にしていたら、「このガキ、何かあるならはっきりしろ」なんてぶん殴られるかもしれない。
それだけは、避けたかった。
「…先生と、お話したい、です」
却下、と扉を閉められる方がまだましだ。

「なに、それだけ?」
「う、うん」
「ふーん」

その、ふーんって、どういう意味でしょうか。
ぼそぼそ言った声は聞こえていなかったらしく、じゃあ入れば、とだけ言って戻っていった。
また問題集と睨み合う背中を眺めてから、遠慮気味に部屋に入る。
斜め後ろの椅子に座って、がたがた、と音を立てながら隣に並んで覗き込んだ。

「…それって宿題?」
「…」
「すごいな、みんなちゃんと出してる」

集中しているせいで聞こえていないのか、無視されているのか、と思ったけど
ちらりとこちらに視線を向けてからバツばかりの問題集に溜め息を吐いた。
聞こえてはいるらしい。
言外に「正解率が悪い」と愚痴を零しているのはなんとなく分かる。

「でも答え丸写しよりはましですよね」
「…」
「ちゃんとやって出してるんだし、そこの努力は認めて、」
「やっぱ授業が悪いかな」
「へ?」

また間抜けな声を出してしまったけど、今度は怒られなかった。
相変わらず少し首を捻ってから、山積みの問題集を眺めている。

「授業が悪いって、先生の教え方ってこと?」
「…」
「そんなことは無いんじゃないかな、あ、先生の授業受けたことないしよく分からないけど…」

これといった相槌は無いけど、じっとこちらを見ているから「続きをどうぞ」ということらしい。
緊張する、と呟いて視線を泳がせた。
乳酸菌飲料が入っていたらしい、空っぽのペットボトルがデスクの隅っこに置いてある。

「…あの、でも大丈夫だと思い、ますよ。自信持ってください」
「…」
「…」
「時間の無駄。ありがと」
「そ、それって感謝してるのかしてないのか、はっきりしろって…」

もちろん返事はなかったけど、なんとなく、採点している先生の手が少し軽くなったように見えた。
少しでも気分が楽になったのなら光栄だ。
なんてにこにこしているオレに気付かないまま、ちらりと時計を見た先生が椅子から立ち上がってオレの背中を軽く叩いた。

「あと5分。走って戻れ」
「えー?あと3分、ギリギリまで居させてください」
「そんなこと言ってたら遅刻するよ。遅刻したら指一本この部屋に、」
「わ、分かりました、行きますのでまた来てもいいですか?」
「はいはい、どーぞ」

ぐいぐい部屋から背中を押して出されて、ばたん、と扉を閉められる。
なんだよもう、いけず、と呟いてからのろのろ歩いて、そっと振り返ってみた。
また来てもいいって言ったよな。
うん、言ったはずだ。耳は良いと自分でも思う。
次はお菓子でも持っていこう、と廊下を歩いて、自分でも気付かない間に顔が綻んだ。































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これはエドエンじゃありません。
エンエドです。

今後エンエド的に展開が繰り広げられおチビさんがあぁだったりこうだったりします。

もちろんおチビさんを泣かせる気満々だよ!
エンヴィーにぎゅうってしてもらう予定もあるよ!
だからこれはエドエンじゃないよ!


ほとんど有害。

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kuru+kuru | Gamin