朝かな、と思ってぼんやり目を開けたら、瞼がいつもより重く感じた。
目を擦って寝返りを打とうとしたら、身体が思うように動かない。
見上げれば至近距離に深い闇色が見えて、ぱちぱち、と数回瞬く。
おはよう、と柔らかい声で言われて、うん、と頷いた。
いつの間にかぐっすり眠って、いつの間にか朝になっている。
頭がぼんやりして、うまく状況を整理することができない。
もう時間なのか、エンヴィーが上半身を起こして背伸びをした。
それを寝転がったまま見上げていると、徐々に寝惚けていた頭がはっきりとしてくる。
そうすると、不意に昨夜の記憶が鮮明に脳裏に浮かんできた。
あ、と小さく声を上げて、恥ずかしさから思わずエンヴィーの枕に顔を押し付けた。
自分の枕を持ってきていなかったことを、後になって思い出した。
それでもエンヴィーはオレの頭を一度撫でただけで、ベッドから降りようとしている。
なんで、なにも言わないんだ。
「…あの、」
枕のせいでくぐもった声が上がる。
エンヴィーの動きが止まった気配がした後、なあに、と柔らかい声が聞こえた。
「あのさ、昨日のこと、」
もう済んだことなのに、また心臓が高鳴ってきた。
思い出すだけで血がいつもより速く身体中を巡り始めて、頭がくらくらする。
「返事とか、どうなんだよ…」
ここにいてくれるかどうか、が聞きたかった。
だってその返事はまだ聞いていない。
そっと枕をずらして、横目でエンヴィーの様子を窺う。
なんだか、笑っているわけでもなく、困っているようにも見えない。
無表情、というほうが近い複雑な表情だった。
「それって何の話?」
「…は?」
「なにか夢見たんじゃないかな?」
へら、と笑ったエンヴィーに唖然として、思わずじっと見上げてしまった。
夢、なのか?
ほんの一瞬そう思ったけれど、一晩中握り締めてくしゃくしゃにしてしまったTシャツとか、
泣き腫らした重い瞼が現実味を与えている。
夢なんかじゃないのに、なんで。
「…なんで、そういうこと言うんだよ」
「…」
困らせたのなら正直に言ってくれたらいいのに。
今以上の関係になれないのなら、そう言ってくれてもいい。
一緒に居てくれることも好きになってもらうことも、強制するつもりはないのに。
遠回しに拒絶するようなエンヴィーの態度に、怒るというよりも、悲しかった。
すぐ近くにあった枕を掴んで投げ付けると、簡単にそれを受け止められる。
「別に、オレのこと嫌いでもいいよ…、」
「…」
「ここに居るのが嫌だったら、そう言ってもいいのに…」
本当にエンヴィーがそう思っているんじゃないかと思ったらこわかった。
じゃあ昨日のあれは、何だったんだろう。
子どもみたいに泣くオレを宥めていただけに過ぎないのだろうか。
そんなの考えたって分からない。
ほんの少し離れた距離のまま、お互いベッドに座って無言のまま見つめ合った。
睨んだって、目は赤いし涙も滲んでいるから迫力なんてないんだろうけど。
少しだけ沈黙が流れた後、エンヴィーが呆れたように息を吐いた。
「……から困るんだけど」
「え…?」
「好きだから、困るんだけど」
聞き返すと、今度はゆっくりと、丁寧に区切りながら返された。
すき、だからこまる、ってなんてパラドックスな。
きょとんとしていると、受け取った枕を弄ぶように触りながら、じっとこちらを見つめられる。
「家事使用人が恋愛感情抱くなんて以ての外」
辛辣な、たぶん自分に対して戒めるようにはっきりとエンヴィーが言った。
まぁ、たしかにそうだけど、とオレも少し俯く。
「好きになっちゃったから、忘れようって思ったのに」
いつから、とかなんで、とか聞きたかったけど。
頭が混乱し始めたから多分無理だ。
だって。
「た、大佐は…エンヴィーがオレのことなんとも思ってないって…」
「…タイサってよく知らないけど、なんかむかつく人だね」
なんだか不機嫌そうに顔をしかめてエンヴィーが言った。
だってだって、といまだにエンヴィーがオレを好きという
嬉しいはずの現状を受け止めきれないまま、ありえない、と否定しようとしている。
いつも正反対な言動をしてしまう、素直じゃない性格なオレの悪い癖だ。
地金の錆というんだろう。どうしようもない。
「でも…す、好きなのに一緒に居たら駄目なのか…?」
「…」
「オレは、一緒に居たいよ」
なんだか悲しくてそれだけ言うと、やっぱりエンヴィーは困ったように頭を掻いた。
だって使用人だし、とごちる。
たしかにそれはまずいとオレも思うから、すごく困った。
小さく唸って必死に考えて、ぎゅう、とシーツを握り締める。
「…じゃあ、あと一週間」
本当はあと6日だけど、とひっそり思いながら、エンヴィーにずりずりと四つん這いで近寄った。
「一週間でお前の仕事は終わり。そうしたらここに、普通に住めるだろ?」
一ヶ月の期限があるんだから、と見上げると、
びっくりしたみたいにオレを見下ろして、ちょっとだけ笑った。
そうだね、と肩を揺らす。
「…だから、あと一週間だけ」
あと一週間は仕事上の関係だけど。
それが終わったら、たぶん、それ以上の関係になれる。
友達より、親友より、もっともっと大切な。
「そ、それに…」
もごもごと口篭りながら言うと、不思議そうにエンヴィーが首を傾げた。
今思い出すだけでも身体が熱くなってしまう。
でも、とりあえずこれだけは言いたい。
「お、オレのファーストキス奪った責任くらい取って貰うからな!」
だって本当にそうだ、と熱くなった顔を隠す暇も無いまま言うと、
やっぱりエンヴィーは少しきょとんとして、笑った。
笑うなばか、とエンヴィーの手から枕を奪って、それで頭を叩こうとしたけど
呆気なく腕を掴まれて身動きができなくなる。
「うん、分かった」
ずっとここにいるよ、と微笑まれて、安心したせいで身体中の力が抜けてまた泣き出しそうになった。
受け止めきれないほどの大きなしあわせにまだ実感が湧かなくて、信じられないままでいる。
よかった、と何度も掠れた声で言うと、うん、とその度に頷いて頭を撫でてくれた。
少しだけ落ち着いて、ゆるゆると息を吐きながら顔を上げると、同時にエンヴィーと視線が絡んだ。
どきり、としてそれを見つめている間に、ふ、と微笑んだかと思うと
圧し掛かるように倒れ込んできて、自然と仰向けに寝転がる。
掴まれたままだった右腕をシーツに押し付けられた。
ゆっくりと近付いてくる黒い瞳に、やばい、と思って自由な左手でエンヴィーの額を押さえる。
「だ、駄目だ!」
「…駄目?」
少し残念そうにエンヴィーが言うのを全部聞き取る前に、こくこく頷く。
たとえ昨日の夜にされたばかりのことでも、不意打ちじゃなかったら、
なにをされるか分かっていたら、物凄く恥ずかしいものだ。
気持ちを伝え合った後だとしても、心の準備もできていない。
それにエンヴィーとはまだ仕事上の関係だ。
…なんてのはこじつけだけど。
「あ、あと一週間待って…」
恥ずかしくて必死に身体を捩りながら言うと、少しエンヴィーが黙り込んで、
掴んでいた右手をそっと放してくれた。
ほっと息を吐いてもがくのを止めて見上げる。
見たことがないくらい、柔らかくて温かくて、優しい表情だった。
「…うん、待ってる」
エドが良いって言うまで何日でも待つから、と覆い被さるように抱き込まれて、
やっぱりまだ信じられないほどのしあわせに酷く困惑した。
少し躊躇いながら、ゆっくりと腕を回し返す。
いまのオレにはこうすることしかできないけど、精一杯の意思表示だった。
あと一週間で、お互いが恋人、というものになれるんだろう。
正直戸惑ってしまう。想像もできない遠い未来のようだ。
それでもいまより、もっと近い存在でいられる。
今度は期限なんてない、ずっとずっと長い時間を一緒に過ごすことができる。
そう思ったらすごく待ち通しかった。
たぶん、ゴールデンウィークよりもずっとずっとわくわくする一週間だ。
なんていうんだっけ、こういうの。
平凡な幸せっていうやつだろうか。
ちらりとリビングのカレンダーを見て、終わろうとしている今日の日付に大きく丸を描く。
毎日ひとつずつ描くこの丸がクローバーまで辿り着いたとき、どうしようかな、なんてひっそり思いながら
今日もオレは枕を持たずにエンヴィーの部屋へと侵入した。
-END-
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人はなにかの犠牲無しになにも得ることはできないメイントップ
ぶ、無事終わらせることができました!
ありがとうございます!v
そして色々ごめんなさい!;
長かったような短かったような…
とりあえず15話以内に終わらせたかったので安心してます。
本当にありがとうございました!v