「あー…ヤバいかも」


ぽつりと独り言みたいに漏らしながら、慌てて数冊の本を抱えて図書館を出た。
しばらくここに滞在するだろうから、暇潰しのために本を借りようとしたのに。
興味のある文献ばかりで、ついつい読み耽ってしまった。

予定としては本を借りるだけだったから、すぐに宿へ戻るはずだったのに。
朝から天気が悪かったけど、本を借りるだけなら雨に降られることはないだろうと思っていた。

気が付けば外は雨が降り始めていて、小雨だったはずなのにどんどん勢いを増していく。
本を借りるだけの予定だったから手ぶらなのだ。
もちろん傘は持ってないし、本が濡れないように入れるトランクも持ってない。
フードを被って、本をコートの中に隠すようにして小脇に抱えた。


雨が止むのを待とうかと思ったけど、止みそうにもない。
むしろさらに勢いを増していきそうだ。
あまり暗くなるとアルが心配するだろうから、いまのうちに走って帰るのが一番だろう。


ばしゃばしゃと水溜りも気にせず薄暗い道を走る。
通り雨だったらいいのに、と思いながら重たくなっていくコートを片手で持ち上げた。

暗くて先がよく見えないけど、もう少ししたら目的の宿に辿り着くはず。
この角を右に曲がって数十メートル先のはずだ。


慌てて角を曲がって、ようやく見えてきた宿の屋根の下に入って呼吸を整える。
やれやれ、と濡れたコートやズボンを見下ろして溜め息を吐いた。
本もやっぱり、少しだけ濡れていて。
早く乾かせば大丈夫だろう、と被っていたフードを脱いだ。

ぎゅう、とコートを絞って水滴を落としながら、急に降ってきた雨に慌てて走る人たちを見送る。
ぼんやりと灰色に染まって、よく見えない通りの先を見た。
ばたばたと走っては暗い道に消えていく人たちの中に、道の隅のほうで、ぼんやり立ち竦んでいる人影が見えた。
屋根の下に入っていればいいのに、わざわざ雨に降られながら空を見上げている。
なんだろう、と思ってじっと見つめると、ぼんやり白いコートが見えた。

あ、と思って呟きながら、じっと目を凝らしてみる。
長い黒髪もびっしょりと濡れているし、コートも水をたっぷり含んで重たそうで。

なにやってんだ、と首を傾げながらひとまず本をフロントに預ける。
傘立てにあった、誰のか知らないビニール傘を適当に掴んでまた宿を出た。
それを開きながら雨の降る中に飛び出て、ばたばたとその人影に近付く。
足音で気付いたのか、こちらに顔を向けたエンヴィーがきょとんとしたように首を傾げた。


「おい、風邪引くだろばか」


ホムンクルスが風邪を引いたりするか知らないけど。
見ているこっちが寒い、と乱暴に腕を引っ張って傘の中へと入れた。
ばかじゃないよ、とへらりと笑ったエンヴィーが、ビニール傘越しに曇った空を見上げる。


「虹が出るかなって待ってたんだ」
「…明日の朝まで降りそうだろうが」
「ふうん?」
「ふーんじゃない」


分かってないなこいつ、と長い髪を掴んで引っ張ると、ぽたぽたと雫が落ちた。
本当にびしゃびしゃに濡れている。
いつからそうやって立っていたんだろう。


「…宿入れよ」
「いいの?」
「待ってても虹は出ないからな」


言いながら歩き出すと、少し後ろを付いて歩いた。
傘から少し出ていて、肩に雨が降り注ぐ。
これ以上濡れるということがないくらいびしゃびしゃだけど。


「…出てるぞ」
「もういいよ。どっちにしろ濡れてるし」
「良くない」


腕を引っ張って狭い傘の中に入りながら歩いて、やっと宿まで辿り着いた。
ビニール傘を傘立てに戻して、濡れているエンヴィーを見上げる。
部屋に行くまでの廊下をふたりで濡らしながら歩くのか。それは申し訳無い。

びっくりしたみたいにこちらを見るお婆さんやフロントに立っている男の視線に
慌ててエンヴィーの腕を掴んで走った。
廊下を進んで階段を上って、部屋の前まで辿り着く。
ぼたぼたと滴るふたり分の雫に苦笑して部屋の鍵を開けた。
早く拭かないと、と独り言みたいに言いながら扉を開けた時。


「あれ?兄さん帰ってたの?」
「へ、うわ!」


不意に声がして、慌ててエンヴィーを部屋に押し込んだ。
どんばたん、と酷い音がしたけれどいまはそれどころじゃない。
扉を閉めてへらへらと笑うと、濡れているコートや髪を見て「あ!」と大きな声で言った。


「もー濡れてるじゃないか!だから傘持って行けって言ったのに!」
「う、うん悪い…急に降るからさ」
「急にって本借りるだけだったんでしょ!?兄さんがぼーっとしてるからだよ!」


仰るとおりで、と苦笑するとタオルを持ってきてがしがし頭を拭かれた。
痛いいたい、と慌てて首を振って逃げる。


「じ、自分で拭く!それとタオルいっぱい持ってきてくれ」
「いっぱい?うん分かった」


頷いて、あるだけのタオルを持ってきてくれた。
それを持って、へらへらと誤魔化すように笑いながら部屋に入る。
一応鍵もかけて、壁にもたれて不服そうな顔をしているエンヴィーの頭にタオルを乗せた。


「思いっきり転けたじゃん。どうしてくれんの」
「んなことより見つかるほうが危ないだろ」


がしがし、と長い髪を乱暴に拭きながら、びしゃびしゃの白いコートを脱がした。
水を含んだそれはずっしりと重くて、絞ったらいくらでも出そう。
窓を開けて外に向かってコートを絞りながら、髪を拭いているエンヴィーの方を振り向く。


「なんでお前虹なんか待ってたんだよ。そんなにびしゃびしゃに濡れて」
「なんとなく。出るかなーって思って」
「…あっそう」


呆れて何も言えない。
だからって雨が降る中突っ立ってなくてもいいじゃないか。
まぁそんなこと言ったってこいつには通用しないだろうけど。


「ねー虹出ないの?」
「出るには色々条件がある」
「どんなの?」
「…簡単に言えば太陽が出てないと駄目だ」
「ふーん」


太陽とプリズムとなる水滴と観察者の成す角度が、云々。
色々あるんだろうけど、そんなのこいつに話したって分からないだろうし。
大体よく晴れた日にホースで水を撒けば見れる程度のものだ。


「見たことないのか?」
「あるけどちゃんと見たことはないよ。どうでも良かったし」


ふーん、と呟くのは今度はこちらで、じゃあなんで急に見ようと思ったんだ、と首を傾げる。
たしかにこいつは虹が出たとかどうとか興味無さそうなのに。

赤と白のコートを窓から外に干しながら、ぼんやりエンヴィーを眺める。
乾かないだろうけど、置き場所に困るし屋根があるから濡れたりもしないだろう。
がしがしと髪を拭いていると、不意に視線が絡んでにこりと微笑まれる。


「どうでも良かったんだけどね、どうでもいいものに興味持つようになっちゃって」
「…それは困ったな」
「うん。困ったね」


人事みたいに言ってから、まだしっとりと濡れた髪をそのままにぼんやり窓から外を見た。
なんだかぼうっとした表情が自嘲しているみたいで首を傾げる。


「雨が降ってるとか晴れてるとか、月が丸いとか欠けてるとか」
「…」
「眠たいとかご飯が美味しいとかそんなの思ったことないのに、いちいち思うようになっちゃったんだよね」


乾いているタオルに持ち替えて、がしがし髪を拭きながらこちらを見てにっこりと微笑んだ。
おチビさんのせいだよ、と明るい声で言われて、首を傾げるしかない。


そんな感情いらない、と思うんだったら罵れば良かったのに。













































戻りたまえ



えどえどに出会ってから色々変わったりとかしてればいいという妄想



ほとんど有害。

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kuru+kuru | Gamin