そういえばまだだったっけ、と大佐に報告書の提出をするために司令部へ立ち寄った。
図書館に行く前の、まだ正午より少し前。
先に本を読んだりしたら日が暮れるし、早く行った方がいいだろうという我ながら正しい判断だ。
「ご苦労様」
「ん」
報告書に軽く目を通してから、ぱさ、とそれをデスクの上に置いた。
相変わらず書類の山が積み重なっている。
また仕事溜めたんだな、と苦笑しながら、邪魔をするのは悪いと思って扉の方へ向かった。
「なんだ、もう帰るのかね」
「うん。忙しそうだし」
「食事くらい付き合いたまえ。君もまだなのだろう?」
「…まぁそうだけど」
これから休憩だから心配しなくていい、と言いながらペンを置いて立ち上がる。
さすがに今回は休憩時間を仕事に回さなくてもいいほどの余裕はあるらしい。
こいつとふたりで、というのがなんだか微妙に引っかかるけど。
「…そういうのは女相手に誘うんじゃねーの?」
「食事くらい誰とでも行くだろう。それに君が相手なら十分だが」
「気持ち悪っ」
「いいから早くしなさい」
先客でいっぱいになってしまう、と黒いコートを羽織りながら扉を開けた。
そのまま部屋を出ずに、振り返って微笑んでくる。
その意図が分からなくて首を傾げた。
「…なんだよ?」
「レディーファーストだ」
「オレは男だボケ!」
「紳士の礼儀というものだよ」
笑いながら言う声に、ふん、と顔を逸らしながら部屋を出た。
なにかと女扱いしてくるからこの無能は嫌いだ。
さっさと部屋を出てから、すたすたと長い廊下を歩いていく。
後ろからくすくすと笑う声が聞こえた。自分でも子供みたいだ、とは思ったけど。
「…、笑うな!」
「はは、それは失礼」
立ち止まって振り返ると、慌てて追いかけるわけでもなく足を速めるわけでもなく、マイペースに歩いてきた。
君が相手だとついからかってみたくなる、という声に俯く。
子供扱いされているのだけは十分に分かった。
「…お前の奢りだからな」
「もちろん」
「財布空っぽになるまで食ってやる」
「君が満足するのならいくらでも」
ぷい、と顔を逸らして少し前を歩き出した。
恥ずかしいことばっかり言うのは、ちょっとあいつに似ている。
黒い髪とか、時々本当に柔らかく微笑む表情とか。
そこまで思ってからはっとして、ぶんぶん首を振る。
なに考えてるんだオレは、と恥ずかしさに早足で進むと、大佐が微かに首を傾げた。
近くのレストランで食事をして、大佐が美味しいと言ったケーキ屋で人気のタルトを食べて。
まだ時間があるから、とか言われて一緒に買い物もしたっけ。
大佐の日用品の買い出しを手伝ったり。今日はそんな感じだった。
「ただいまー」
「あ、兄さんお帰り」
宿に戻ると、アルフォンスが本から視線を上げてこちらを見下ろしてきた。
遅かったね、と言われてへらりと曖昧に笑う。
「大佐が食事に付き合えってうるさくてさ」
「そうなんだ。あ、それ買ってもらったの?」
「え?あぁうん」
手に持っていた見慣れない本に首を傾げたアルフォンスが、にこり、と微笑む。
鎧に表情はないけど、きっと微笑んだに違いない。
そんな柔らかい雰囲気だった。
「大佐ってほんと兄さんのこと大事みたいだねー」
「?…そうか?」
「うん、絶対そうだよ」
いつも皮肉を言い合うような仲で、そんな風に思えないけど。
まぁ本気で嫌いとはオレも思ってない。
なんだかんだで、旅をしていられるのもあいつのお陰だし。
ぼんやり思っていると、兄さんってほんと鈍感だな、と呟く声がして首を傾げた。
なんでもないよ、と言う声にふうん、と呟く。
「じゃあ部屋に戻るからな?」
「うん。本読んでもいいけどちゃんと休憩するんだよ?」
「分かってるって」
言いながら部屋に向かって扉を開けた。
さっそく買ってもらったばかりの文献を読もうと一歩中に入ると、ベットに座っていた黒髪と目が合う。
いつものことだし、もう驚かなくなってきた。
いつから来てたんだ、という疑問もどうでもよくなってくる。
「なんだ、いたのかお前」
「…」
「なんでもいいけど邪魔すんなよ?これ読むから」
言いながら本を机に置いて椅子に座る。
やけに静かだったから、座った姿勢のまま寝てるのかと思って振り返る。
じっと静かにこちらを見つめてくるだけで何も言わない。
不審に思って首を傾げると、エンヴィーがようやく口を開いた。
「大佐に会ってきたの?」
「え?あぁうん」
アルとの会話が聞こえていたらしい。
そうだけど、と呟くような返事をすると、エンヴィーがむっとしたように目を細める。
なんか怒ってるな、というのは暗い目の色で分かった。
「オレとは滅多に遊んでくれないのに」
「お前いっつも来るだろ」
「違うよ。デートなんてしてくれないじゃん」
それに対して怒ってるのか、とやっと理解して頭をがしがし掻く。
なんだかしばらくは本を読めそうになかった。
一度怒らすと厄介なんだよなこいつ、と首が痛くなったから身体ごとエンヴィーの方に向ける。
「あいつはただの上司だぞ?デートじゃない」
「そう思ってるのはおチビさんだけだよ」
「なんでそうはっきり言えるんだ…」
「おチビさんのこと好きにきまってるじゃん」
あいつ、というのはたぶん大佐のことだ。
好きって、大佐がオレを?
あの態度はこちらをからかっているとしか思えない。
皮肉ばっかり言うあいつなら有り得ることだ。
「よく分かんねぇけどそれはお前の勘違いだ」
「…」
「それに心外だし。少なくともオレはただの付き合いだと思ってるからな」
以上、と面倒臭くなってさっさと机に置いた本を開いた。
よく分からないところでヤキモチを焼くから、いちいち相手してられない。
訳分かんねぇよ、と呆れたことは何度もある。
「ちゃんとこっち向いてよ」
「んだよ、忙しいんだっつーの」
「オレよりあいつが大事なのかって聞いてんの」
「はぁ?」
さすがに呆れて振り返ってみれば、やっぱりむっとしたようにこちらを見ている。
なにをそんなに怒ってるんだ、と思った。
面倒臭くなって、はいはいそうですよ、と言いながらまた本に視線を向ける。
途端に後ろからの不穏な空気に少し寒気が走った。
本気で怒らせたかも、と後悔しながらがしがし頭を掻く。
「ねぇなんで」
「なんでって…だからあいつとはただの付き合いで行って、」
「そこじゃないでしょ。オレよりあいつが大事なんだ」
「あーうるせぇな…お前面倒臭い」
そこまでしつこくされたらこっちだってイライラしてしまう。
舌打ちをして睨み返した。
怒らせると怖いから、今まで本気で言い返したことがない。
今更にこれまで我慢した言葉全部吐き出しそうになった。
ぐっと堪えながら、また本へと視線を戻す。
「はいはい、お前より大佐の方が大事だよ」
「…」
「当たり前だろ、お前敵だし」
遠慮なく土足で人の気持ちに入り込むし、なにかと乱暴で我侭な子どもみたいで。
まだ大佐の方がちゃんとオレのこと考えてくれるよ、と吐き出す。
お前なんか嫌いだ、と視線すら向けずに、ページを捲りながら言った。
いつもは言い返したり無視したりして怒らせると、何かと本気になって手を出してくる。
少し警戒して後ろの気配に集中した。
けれど動いたような気配が全くない。
それに先程まで張り詰めていた、ピリピリとした空気も無くなった。
割り切って納得して諦めたのかと思ったけど。
あいつの性格上それはありえない、と思う。
不審に思ってそろりと振り返ってみた。
あっさりと身を引いたのは正直意外で、何のつもりだ、と疑ってしまう。
そっと横目で見ると、ベットに座っていたのは変わらなかった。
ただ少し俯いていて、表情がよく見えない。
いつにない反応に内心焦る。
「…やっぱりそうなんだ」
「は?」
ぽつりと呟いた声が情けないくらいに震えていてぎょっとする。
お前ないてるのか、と聞こうとして口を開くのと、エンヴィーがこちらを睨んでくるのは同時だった。
「…こんなの聞かなかったら良かった」
精一杯吐き出したみたいだったけど、ゆっくりとした小さな声に迫力がない。
睨まれてから、じわりと微かに涙が浮かんでいるのに気付いた。
呆然としていると、また俯いて視線を逸らされる。
なんでお前が怒るんだ、とか。
泣くことないだろ、とか。
お前がしつこいのが悪い、なんて思いながら。
もしかするとオレは一番触れてはいけない地雷を踏んでしまっていたのかもしれない。
「おチビさんのばか。そんなに大佐が好きなら付き合っちゃえばいいじゃん」
「…なに言ってんだよ」
「むしろ結婚しちゃえ。将来大総統夫人になっちゃえ」
完全に気勢が無くなって、口調も言うことも子どもみたいなそれに溜め息を吐く。
怒るというよりもやけくそになって滅茶苦茶なことを吐き出してる感じ。
少し涙目でベットに座ったまま、むっとしたように睨んできて。
すん、と小さく鼻を啜る音がしてびっくりする。
こいつが泣いたのを見るのは初めてだった。
お互いが敵同士で、人間とホムンクルスで。
絶対に相容れないということは知っていたし、それを本当に「つらい」と思っていたのはオレよりもこいつだと思う。
人間なんかきらい、という言葉を聞くたびにへんな矛盾を感じた。
おれだってにんげんだよ、と言ったって「分かってないなぁ」と微笑まれるだけだった。
なんだかんだで馴れ合ってるんじゃないか、と思っていたけど。
本当はオレですら慣れてないんだと思う。
人間であるオレを好きと思う感情に、自分自身が一番困惑して。
どう接していいかも分からないから、我侭な子どもみたいに滅茶苦茶に気持ちを押し付けるようになって。
だから異様に大佐を敵視して、いつもちょっとしたことでしつこく問い詰めたり。
そうでもしないと不安で仕方ないんだと思う。
笑えるくらいに不器用だけど、なによりも一生懸命だったことに今更気付いた。
怒る気になんてもうなれなくて、少しの沈黙の後椅子から降りる。
拗ねるなばか、と呆れて言いながら歩み寄って、がしがし頭を撫でた。
黙ったままなにも言わないから、隣に座って髪を引っ張る。
ぐいぐい引っ張って抱き寄せても、何の抵抗も反応も返ってこなかった。
だらりと力なく肩に額を当てて寄りかかってくる体勢のまま、一言も喋らないし腕を回してくることもない。
「…冗談に決まってるだろ。お前がしつこいからだ」
「…」
「大佐とかそんな風に思ってないし」
お前のが好きにきまってるだろばか、とこちらもやけくそになって吐き出した。
お互い表情が見えなくて良かった、と本気で思いながら、顔を見られないように頭をがっしり掴んで抱き込む。
くるしい、という文句の声も聞こえなかった。
「…ほんとに?」
「…何回も言わすなって」
まだ信じてないみたいにくぐもった声で呟いた。
少しすると遠慮気味に腕を腰の辺りに回される。
やっと落ち着いたか、と子どもをあやすみたいに背中を撫でると、ぎゅう、と緩く腕に力を入れられた。
「…オレのほうが絶対おチビさんのこと好きなのに」
「はいはい」
やっぱりまだ引きずってるのか、情けない声で呟くのが聞こえて。
分かったってば、と後頭部を撫でてやりながら、明日は一緒に遊んでやるか、とぼんやり思った。
メイントップだと?
甘えるエンヴィーをぎゅぎゅっと鮨詰め。
そんなわけでこんなタイトルになった。
でも実際はタイトルほどでもない。
ちなみに値段は嫉妬。
本気で悲しませたらこんな風に萎れるエンヴィーだと
可愛いなとか 思った り
ろいろいがかわいそうだ。
「大佐とかそんな風に思ってないし」
「お前のが好きにきまってるだろ」
ダブルアタックorz