人柱の偵察。
正直この仕事は好きじゃない。
見ているだけなのはつまらないし、正直すごく暇。
ぼうっと高い建物の屋上で見下ろすのはそれほど大きくない宿。
窓から金色の髪の少年が本を読んでいるのが見える。
そうしてずっと部屋から動かないから、こっちもずっと眺めるだけなんだけど。
ふと下から聞こえる物音に窓から視線を外して見下ろすと、大きな目立つ鎧が
宿とこの建物の間の細く暗い道に入り込んでいった。
鎧の弟だ。
怪しいな、とじっとそれを目で追うと、手には白いお皿を持っている。
なに、と首を傾げるとしゃがみ込んでそのお皿をそっと置いた。
そこへ数匹の猫が集まってくる。
あぁ、猫が好きなんだっけ、とぼんやりそれを見下ろしながらなんとなく観察してみた。
「…あ」
そうだ、どうせ偵察するならこっちの方が面白いよね。
笑いながら屋上から飛び降りて、とん、と音も無く地上に降り立つ。
それから息を深く吸って、自分の姿を変えた。
後ろからそっと鎧に近寄る。
オレの気配に驚いて逃げ出した猫に弟くんは残念そうに立ち上がった。
「…あれ、どうしたの?」
こちらを見下ろした鎧が言いながらしゃがみ込む。
真っ黒な猫に姿を変えて、にゃあ、と可愛らしい声で鳴いてみせた。
「お腹空いてる?これ食べていいよ」
言いながらお皿を前に置いてくれた。
ハムには興味無いから、早く宿に連れてってよ。
にゃあにゃあ、と鳴きながら足元に擦り寄ると、鎧に表情は無くても綻んだような雰囲気をみせる。
「うー…兄さんに怒られるかなぁ」
ごつごつした温もりの無い大きな手に抱き上げられたけど、しょうがないから今はじっと我慢。
「兄さんに頼んでみるよ」
そう言って上機嫌に宿へと向かった弟に、密かに「やった」と心の中で呟いた。
***
「猫を拾った?お前なぁ…」
「だってだって、すっごく綺麗な猫なんだもん」
綺麗、と言ってくれるのは嬉しかったから手の中で可愛く「にゃあ」と鳴いてみた。
するとオレを見て顔をしかめるおチビさん。
「戻して来い。飼い猫かもしれないだろ?」
「そんなことないよ。ねぇここにいる間だけ!」
「んなの分かるわけねぇし駄目なものは駄目!」
「うー…」
いつも怒られるせいか、あっさり諦めた弟くんはしょんぼりと部屋を出ようとした。
慌ててじたばたもがいて腕からすり抜ける。
とん、と床に着地しておチビさんに近付いていった。
机の上に飛び乗って、すり、と頬に擦り寄る。
「な、なんだよお前」
「ほら兄さんのこと好きみたいだよ?ねぇちょっとだけだから…」
「んなこと言っても…」
そう言い合う間も擦り寄ったり舐めたりと甘えてみる。
これでどうかな、と見上げるとなんだか諦めたような表情をしていた。
「…ここにいる間だぞ?」
「うん!ありがとう兄さん!」
駄目かな、と思ったけど以外とすぐに許しをくれた。
なんか意外。動物好きだったりする?
「でも世話はちゃんとお前がする!いいな?」
「うん!」
じゃあその子のご飯買ってくるね、と上機嫌に部屋を出た弟くんの背中を見る。
一応毛は真っ黒で、目も紫にしてある。
気付いてくれるかな、と擦り寄ると嫌がるみたいにぶんぶん首を振られた。
「ちょっとそこ退け」
「…」
本の上に座っているのが気に入らないのか、しっし、と追い払われた。
それから本を読み始める。
あーつまんない。
「にゃー」
鳴いてももう無反応で、真剣な表情のままじっと本を読み始めた。
なんだ、いつも通りの姿で会う方がまだマシじゃん。
でもこういうのもいいかな、と机の上に丸くなって座りながら、
じっと真剣に本を読むおチビさんの金色を見つめた。
***
牛乳。
ソーセージとキャットフード。
こんなの食えるわけないじゃん。
にゃあにゃあとおチビさんのオムレツを見ながら鳴くと、嫌そうにお皿を持ち上げられる。
「だめだ、これオレの」
「どうしたのかな?全然食べてくれないね」
「やっぱ飼い主いるんだろ。それで猫にしては豪華な食い物貰ってんだ」
「そうなのかなぁ…」
そう思われると宿から出されるかもしれない。
ぐっと堪えてキャットフードを口に入れたら、ぴぎ、と情けない声が出た。
不味い。
「やっぱり缶詰かな?」
このままじゃ可哀相、と弟くんが首を捻っていると、
おチビさんがスプーンでオムレツを半分にした。
「ほら。これ食え」
言いながらオムレツを指差す。
にゃあ、と鳴きながらテーブルに飛び乗ってオムレツを口に入れた。
やっぱり本当は動物好きなんだな、とお礼の変わりに頬を舐めると今度はあまり嫌がらずに小さく笑う。
「それにしてもやっぱり飼い主いるんじゃねぇの?」
「たぶんこんなに人懐っこい子だから、人が美味しいものくれるんだよ」
まぁそういうことにしておいて、と小さくにゃあと鳴く。
やっぱり人間と猫じゃあ食べる速さが違って、もう半分食べ終わったおチビさんはさっさと椅子から立ち上がった。
慌てて食べるのを止めて追いかける。
「ごちそうさま。じゃあオレ借りた本読んどくから」
「うん分かった。…あれ?猫ちゃんもういいの?」
にゃあ、と鳴いて返事をしながら、部屋に向かうおチビさんを追いかける。
でも気付いてないのか、扉を閉められて身体を思いっきり挟まれた。
そんなに痛くなかったけど、みぎゃあ、と声が漏れる。
「うわ、お前居たの?悪ぃ」
慌てて扉を開けたおチビさんに、わざと痛そうににゃあにゃあ鳴きながら身体を舐めてみる。
「ごめんな、怪我してないか?」
それを見てしゃがみこんだおチビさんが抱き上げて身体を撫でてくれる。
あったかいなぁ、と首筋に擦り寄ると苦笑する気配がした。
「なんだ急に大人しくなって。いまの演技?」
言いながら部屋に入って椅子に座ったけど、絶対に離れない、と腕の中でじっとしてやった。
もういいだろ、と引き離そうとするおチビさんの服に爪を立てて齧りつく。
「…じっとしてろよ?」
「にゃあ」
しょうがない、と膝の上に乗せて貰うと、おチビさんが本を読み始める。
丸くなって座って、撫でてくれる左手にうとうとして眠ってしまった。
***
「はい、今日のご飯はサンドイッチだよ」
「猫がレタス挟んだパンなんか食うか?」
「どうだろ…でも卵は喜んでくれそうだよ?」
そんな話し声を聞きながら、薄めに作ってくれたサンドイッチをせっせと頬張る。
そりゃレタス食べれるけどさ、と丸齧りすると弟くんに驚かれた。
「すごいね、野菜も食べるんだ!」
「こいつ普段何食ってんだろな?」
結局宿に住ませて貰って4日経った。
同じ場所でじっとすることがないふたりだけど、どうやらスカーの目撃情報があって
あまり外に出るなと大佐さんに言われているみたい。
おかげで楽しめるけど、と食べ終えるとテーブルの上に飛び乗っておチビさんの横に座った。
「この子本当兄さんに懐いてるねー」
「んー…なんでだろうな」
「僕大きいから怖がられてるのかな?」
「…オレがチビだってことか?」
しょんぼりした弟くんに、宿に入れてくれたんだし、と擦り寄ってあげた。
嬉しそうに抱き上げて、ハムを一切れ食べさせてくれる。
「…でもこいつちょっと気味悪いんだよな」
「え?そう?」
「目の色変わってるし、やけに言葉理解してるし」
「きっとお利口さんなんだよ。それに綺麗な色だよ?」
じっとしたまま撫でられていると、ふわ、と甘い匂いがしておチビさんの方を見る。
チョコレートを齧りながらこちらを見たおチビさんが、なに、と首を傾げた。
「にゃー」
「猫がこれ食ったら駄目だろ…あっちいけ、駄目だってば」
見るのも久しぶりだなぁ、とそれを食べようとしつこく擦り寄ると嫌そうに高く持ち上げられる。
甘いもの食べたいのに。
「だめだ、猫の身体には悪い」
「…」
とん、と大人しく座るとおチビさんが撫でてくれた。
「ごめんな、でもこれ猫は食べれな、」
スキあり、とぺろりと唇を舐めてやるとびっくりしたみたいに硬直した。
口の端にあったチョコレートを舐め取って、にゃあ、と鳴く。
「くそこいつ…」
「あはは、兄さんからかわれてるみたいだよ?」
「なんでオレが猫に馬鹿にされなきゃいけないんだ!」
さすがに猫相手に顔を赤くすることはなかったけど、可愛いなぁ、とひっそり思いながらおチビさんを見上げた。
***
「おーい。ねこー」
おチビさんの声がして、ベットから降りて駆け寄った。
はいはいなんでしょう。
「あ、お前ここにいたのか。飯だぞ」
「にー」
弟くんはお出かけのようで、今日はおチビさんとふたりきり。
変身を解いて驚かしてやってもいいんだけど、
目標に見つからないよう偵察しろ、と言われてるからそういうわけにもいかない。
カレーを食べるおチビさんの横で、切っただけのハムとゆで卵の入った皿を黙って見下ろした。
「文句言うな。食え」
「…」
「オレの手料理だぞ、せっかく作ってやったのに」
手料理ってほどでもないじゃん、と文句を言いたいけどせっかくおチビさんが用意してくれたんだし。
まぁ食べてやるよ、とハムをひとつ頬張った。
するとこちらをじっと見ていたおチビさんが微かに首を傾げる。
「…お前ってあいつみたいだな」
「?」
不意に呟いた声に見上げると、なんでもない、とまたカレーを食べ始める。
あっそう、なんでもないの。
ふーん、と心の中で呟きながらゆで卵を齧った。
せめて切ってくれてたらいいのに。丸ごとじゃんこれ。
「…あー暇だな。早く移動許可出してくれたらいいのにあのクソ大佐」
「…」
「スカーとかどうでもいいっつーの。オレがやられるわけないじゃん」
独り言を言うおチビさんの声をぼうっと聞きながら、
つるつる滑って食べれないゆで卵に苦戦する。
「…猫はいいよな。愚痴言っても誰にも漏らさないし」
「…にー」
言外に「お前に話しかけてるんだ」と言われているようで返事をした。
おチビさんから何もなく話しかけてきたのは、猫になってこれが初めてかもしれない。
やっぱり動物は好きらしい。
不意に黙り込んだおチビさんを見上げると、
ぼうっとカレーを食べるのを忘れたみたいに俯いていた。
なんだか寂しそうに見えて首を傾げる。
「…にゃあ」
「ん、あぁごめん。食べれないかそれ」
言ってカレーのルーが付着したスプーンでゆで卵を切ってくれる。
静かになった部屋の中で、どこか寂しそうなおチビさんに首を傾げながらそれを頬張った。
***
お風呂から上がったおチビさんが、乱暴にベットに腰掛けた。
反動で揺れたベットに起こされて見ると、おチビさんは
ぼうっとしたまま白い壁を見つめている。
最近なんだか様子が変。
ずっとぼうっとしてるし、俯いていることが多い。
暇だからってそんなにがっかりすんなよ、と擦り寄ると取り繕うように微笑まれた。
「…もう一週間か」
「にー」
ずっとセントラルから離れられないのがよほど嫌らしい。
まぁね、一日でも弟くんの身体取り戻したいんだし。
でもそんな小さな身体で過酷な旅してきたんだから、数週間くらいはゆっくりしたらいいじゃない。
「…なんでだよ」
「?」
「オレなんかしたか…?」
呟いた声の意味が分からなくて見上げると、泣きそうな顔をしていて焦った。
スカーがいるんだからしょうがないじゃん、と慌てて頬を舐めてやる。
おチビさんのせいじゃないでしょ、と言いたいけど「にゃあ」という音しか出てこない。
「…ん、ごめんな。なんでもない」
「…」
「お前ももう寝ろよ?おやすみ」
言いながらベットに潜り込んだおチビさんをぼうっと見下ろしてから、開けっ放しの窓から外に出る。
ずっと猫だったし、外に出る機会も少なかったからたまにはいいか。
のろのろと冷たい路地裏を歩いてから変身を解く。
筋肉固まりそう、といつもの姿になってから背伸びをした。
「あー疲れた。すっごい疲れた」
久しぶりに喋れた第一声がこれか。
苦笑しながら煉瓦の壁にもたれて、ぼうっと夜風に当たる。
おチビさんの偵察もセントラルにいる間と言われているから、まぁ楽な仕事だけどちょっと暇。
ひとりくらい殺してもいいかなぁ、ときょろきょろ見渡す。
「…やーめた。面倒臭い」
ため息を吐いてからすぐに猫の姿になって、出たところと同じ窓から入り込んだ。
寒いなぁ。布団に潜り込んでやろう、と思いながら窓から入ってベットに上がる。
「エンヴィー!?」
「…、」
不意に起き上がったおチビさんが、猫の姿のオレを見てそう言った。
***
バレたかな、と思った。
どこか変身にボロがあったかも、と思いながら硬直して見返すと、おチビさんが少し俯く。
「…ごめん。んなわけないよな」
「…」
「いや、窓から誰か入ってきたのかと思って」
びっくりしただけだ、とオレの頭を撫でる。
それから気付いたけど、よく考えればオレは「エンヴィー」として
ずっとおチビさんに会っていない。
側にいたから自分じゃ気付かなかったけれど、
おチビさんからすれば一週間オレと会っていないんだ。
「…ほんとごめん」
言いながらぎゅう、とオレを抱き締める。
あぁ寂しいのかな、と思った。
でもだからって今は変身を解くことはできない。
それが命令だから、とぺろぺろ舐めるとくすぐったそうにちょっと笑った。
「…たぶんあいつも忙しいんだろ」
「…」
「うん、もうちょっとしたら多分、来る」
言いながらにっこり笑って、おやすみ、と布団に潜り込んだ。
開けっ放しの窓が急に愛しくなって、ぼうっと枕の横に座ったままおチビさんを見下ろす。
おチビさんがここを離れたら「見つからないように偵察」という仕事は終わる。
そうしたらすぐに会いにいくから、とそっと擦り寄って布団に潜り込んだ。
ぎゅう、と抱き締めてくる手が酷く寂しそうだけど、あとちょっと。
きっとあと少しで会えるよ、と指先を舐めてあげた。
正直猫の姿で過ごすのも面倒臭いことばっかりでつまらなかったけど。
こうしておチビさんに甘えたりできるからまぁいいかな、とぼんやり思いながら目を瞑った。
***
「忘れ物は無い?」
「おう」
「それじゃあ僕先にフロント行っておくね」
そんな会話を聞きながら、大人しく床に座っておチビさんを見上げる。
今日でようやくセントラルを出れるらしい。
ちょっと嬉しそうなおチビさんに、にゃあ、と鳴いてやった。
「…お前とももうお別れだな」
「兄さんその子飼いたいよぅ」
「だめだ!ここにいる間って言っただろ?」
しょんぼりと部屋を出た弟くんの後ろ姿を見て、ちょっと苦笑する。
荷物をまとめ終えたおチビさんが、図書館から借りた本を確認し始めた。
こちらに背を向けているその間に、そっと変身を解いてベットに腰掛ける。
「おチビさん」
「…!?」
呼んでやれば弾かれたように振り返ってオレを見る。
途端に泣きそうな顔になったから微笑んでやると、硬直したままオレを見て、一歩だけ近付いた。
「なんで、お前…」
「こっち来ないで。もう行かなきゃいけないんでしょ?」
「…」
「今日また会いにいくから」
宥めるように笑うと、縋るように伸ばした手をそっと下ろす。
こく、と頷いてちょっと俯いたおチビさんに微笑んだ。
「一週間ちょっと、お世話になりました」
「…え」
その言葉と急に姿を消した黒猫に意味が分かったのか、びっくりしたみたいにオレを見た。
言いたいこといっぱいあるんだろうけど、それはまた今日の夜。
「兄さん早く!遅れちゃうよー!」
「お、おう!」
返事をしたおチビさんが何か言いたそうに口を開いたけど、手を振ってやるとすぐに黙り込んだ。
「いってらっしゃい」
「…あぁ」
名残惜しそうに部屋を出たおチビさんが、また顔を覗かせてオレに手を振った。
ちょっと恥ずかしそうに俯いてから、びし、と指差してくる。
「絶対来いよ!?ぶん殴ってやるからな!」
「はいはい」
くすくす笑うとまた部屋を出て、ばたばたと階段を駆け下りていく。
誰もいなくなった部屋で、開けっ放しの窓から入り込む風に当たりながら思わず笑ってしまった。
オレはメイントップだからよぉ!
というお話なのさ。
あちこち手直ししたりセリフ変えたりしました。
もし気付いたらすごいですね…!
記念すべき(?)最初の拍手お礼小説でした。
見てない人も見た人もいますぐネコ派になって
私とレッツダンシング。